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古語拾遺 / 跋・後の今を見るは猶お今の古を見るがごとし

若當此造式之年。不制彼望秩之禮。竊恐後之見今猶今之見古矣。愚臣廣成。朽邁之齡。既逾八十。犬馬之戀。旦暮彌切。忽然遷化。含恨地下。街巷之談猶有可取。庸夫之思不易徒棄。幸遇求訪之休運。深歡口實之不墜。庶斯文之高達。被天鑑之曲照焉。

新字:若当此造式之年。不制彼望秩之礼。竊恐後之見今猶今之見古矣。愚臣広成。朽邁之齢。既逾八十。犬馬之恋。旦暮弥切。忽然遷化。含恨地下。街巷之談猶有可取。庸夫之思不易徒棄。幸遇求訪之休運。深歓口実之不墜。庶斯文之高達。被天鑑之曲照焉。

書き下し

若し此の造式の年に当たりて、彼の望秩の礼を制せずんば、竊かに恐る、後の今を見ること、猶お今の古を見るがごとくならんことを。愚臣広成、朽邁の齢、既に八十を逾ゆ。犬馬の恋、旦暮に弥々切なり。忽然として遷化せば、恨みを地下に含まん。街巷の談も猶お取るべき有り。庸夫の思いも徒らに棄て易からず。幸いに求訪の休運に遇い、深く口実の墜ちざるを歓ぶ。庶わくは斯の文の高く達し、天鑑の曲照を被らんことを。

現代語訳

もしこの制度を作る年に当たって、あの祀りの序列の礼を定めなければ、ひそかに恐れる——後の世が今を見るとき、今の我々が古を見るのと同じことになるだろう、と。愚かな私、広成は、朽ちゆく齢がすでに八十を越えた。主君を慕う気持ちは、朝な夕なにいよいよ切実である。もし急に世を去れば、恨みを地の下に抱えることになる。街の巷の話にも取るべきものはある。凡庸な者の思いも、むやみに捨ててよいものではない。幸い、お尋ねをいただく好運に遇い、言うべきことが埋もれずに済むのを深く喜んでいる。願わくはこの文が高く届き、天のまなざしに照らされますように。

解説

「後の今を見るは猶お今の古を見るがごとし」——後世が今を見るときも、いま我々が古を見るのと同じことになる。つまり、いま記録し制度に残さなければ、根拠が分からなくなるのは同じだ、という警告である。序で「文字ができてから古を語らなくなった」と嘆いた老人が、跋では「だから今、書き残す年に当たっている」と結ぶ。書の首尾が呼応している。八十を越えた自分がいつ死ぬか分からない、死ねば恨みを地下に抱えることになる、という切迫も隠さない。そして「街巷の談も猶お取るべき有り。庸夫の思いも徒らに棄て易からず」。名もない者の言い分にも取るべきものがある、という一句は、この書全体の姿勢そのものである。

この章句が説くこと

後の今を見るは今の古を見るが如し庸夫の思い街巷の談記録を残す

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

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