古語拾遺 / 跋・信を取ること寔に難し
前件。神代之事。說似盤古。疑氷之意取信寔難。然我國家。神物靈蹤今皆見存。觸事有效。不可謂虛。但中古尙朴禮樂未明。制事垂法遺漏多矣。方今聖運初啓。照堯暉於八洲。寶曆惟新。蕩舜波於四海。易鄙俗於往代。改粃政於當年。隨時垂制。流萬葉之英風。興廢繼絕。補千載之闕典。
新字:前件。神代之事。説似盤古。疑氷之意取信寔難。然我国家。神物霊蹤今皆見存。触事有効。不可謂虚。但中古尚朴礼楽未明。制事垂法遺漏多矣。方今聖運初啓。照堯暉於八洲。宝暦惟新。蕩舜波於四海。易鄙俗於往代。改粃政於当年。随時垂制。流万葉之英風。興廃継絶。補千載之闕典。
書き下し
前件、神代の事は、説くこと盤古に似たり。疑氷の意、信を取ること寔に難し。然れども我が国家、神物・霊蹤、今皆な見存す。事に触れて効有り。虚と謂うべからず。但し中古は朴を尚び、礼楽未だ明らかならず。事を制し法を垂るるに遺漏多し。方今、聖運初めて啓け、堯の暉を八洲に照らし、宝暦惟れ新たに、舜の波を四海に蕩がす。鄙俗を往代に易え、粃政を当年に改む。時に随いて制を垂れ、万葉の英風を流し、廃を興し絶を継ぎ、千載の闕典を補う。
現代語訳
前に述べた神代のことは、その語り口が盤古の話に似ている。夏の虫が氷を疑うようなもので、そのまま信じよというのは実に難しい。しかし我が国では、神の物も霊のしるしも今なお現に残っている。事に触れて験がある。だから虚だとは言えない。ただし中古の世は素朴を尊び、礼と楽がまだ明らかでなかった。物事を定め法を垂れるにあたって、漏れが多かったのである。いま聖なる運が開け、堯の光が八つの島を照らし、暦は新たに、舜の波が四海に及んでいる。古い時代の鄙びた習俗を改め、当代の悪政を正している。時に従って制度を定め、末永く続く気風を伝え、廃れたものを興し絶えたものを継ぎ、千年の欠けた典章を補おうとしている。
解説
この章句が説くこと
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『古語拾遺』序蓋し聞く、上古の世には未だ文字有らず。貴賤老少、口々に相伝え、前言往行、存して忘れず。書契より以来、古を談ずるを好まず。浮華競い興りて還って旧老を嗤う。遂に人をして世を歴て弥々新たに、事は代を逐うて変わり改まらしむ。故実を顧問するも根源を識る靡し。国史・家牒、其の由を載すと雖も、一二の委曲、猶お遺す所有り。愚臣言わずんば、恐らくは絶えて伝うる無からん。幸いに召問を蒙り、蓄えたる憤りを攄べんと欲す。故に旧説を録し、敢えて以て上聞す、と爾か云う。
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