古語拾遺 / 肥饒の地を求む
仍令天富命率日鷲命之孫。求肥饒地。遣阿波國。殖穀麻種。共裔今在彼國。當大嘗之年貢木綿麻布及種種物。所以郡名爲麻殖之緣也。天富命更求沃壤。分阿波齋部率往東上。播殖麻穀。好麻所生。故謂之總國。穀木所生。故謂之結城郡。
新字:仍令天富命率日鷲命之孫。求肥饒地。遣阿波国。殖穀麻種。共裔今在彼国。当大嘗之年貢木綿麻布及種種物。所以郡名為麻殖之縁也。天富命更求沃壤。分阿波斎部率往東上。播殖麻穀。好麻所生。故謂之総国。穀木所生。故謂之結城郡。
書き下し
仍りて天富命をして日鷲命の孫を率い、肥饒の地を求めて阿波国に遣わし、穀・麻の種を殖えしむ。其の裔、今彼の国に在り。大嘗の年に当たりて木綿・麻布及び種々の物を貢ず。郡の名を麻殖と為す所以の縁なり。天富命更に沃壌を求め、阿波の斎部を分かちて率い往きて東に上り、麻穀を播殖す。好き麻の生ずる所なり。故に之を総の国と謂う。穀木の生ずる所なり。故に之を結城郡と謂う。
現代語訳
そこで天富命に、天日鷲命の子孫を率いさせ、肥えた土地を求めて阿波国へ遣わし、穀と麻の種を植えさせた。その子孫は今もその国にいる。大嘗祭の年には木綿・麻布その他の品々を貢ぐ。郡の名を麻殖というのはこの縁による。天富命はさらに肥沃な土地を求め、阿波の斎部を分けて率い、東へ上って麻と穀を植えた。よい麻が生える土地なので、これを総の国という。穀の木が生える土地なので、これを結城郡という。
解説
神話から一転して、産業の入植記録になる。肥えた土地を探し、人を分けて送り、麻と穀を植える。定着した子孫が今も貢納を続けている、と現在形で書かれる。房総の地名の由来がここに記されているのも有名で、麻がよく生える土地だから総の国、穀の木が生えるから結城という。地名が産業の記憶になっている例である。古語拾遺の値打ちは、この種の実務の記録にある。神代の話に見えて、実際には誰がどこへ行き、何を植え、いま何を納めているかという台帳になっている。だから後段で待遇の是正を求める根拠にもなった。
この章句が説くこと
肥饒の地麻殖総の国入植と産業
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