荀子 / 堯問篇
語曰:繒丘之封人,見楚相孫叔敖曰:「吾聞之也:處官久者士妒之,祿厚者民怨之,位尊者君恨之。為相國有此三者,而不得罪於楚之士民何也?」孫叔敖曰:「吾三相楚而心瘉卑,每益祿而施瘉博,位滋尊而禮瘉恭,是以不得罪於楚之士民也。」
新字:語曰:繒丘之封人,見楚相孫叔敖曰:「吾聞之也:処官久者士妒之,祿厚者民怨之,位尊者君恨之。為相国有此三者,而不得罪於楚之士民何也?」孫叔敖曰:「吾三相楚而心瘉卑,毎益祿而施瘉博,位滋尊而礼瘉恭,是以不得罪於楚之士民也。」
書き下し
語に曰く、繒丘(そうきゅう)の封人、楚の相孫叔敖(そんしゅくごう)に見(まみ)えて曰く、吾、之を聞く、官に処ること久しき者は士之を妒(ねた)み、禄厚き者は民之を怨み、位尊き者は君之を恨む、と。相国と為りて此の三つの者有り。而るに楚の士民に罪を得ざるは何ぞや、と。孫叔敖曰く、吾三たび楚に相たれども心は瘉(いよいよ)卑(ひく)く、禄を益す毎に施すこと瘉(いよいよ)博(ひろ)く、位滋(ますま)す尊くして礼は瘉(いよいよ)恭し。是を以て楚の士民に罪を得ざるなり、と。
現代語訳
こういう話が伝えられている。繒丘の国境守が、楚の宰相である孫叔敖に会って言った。私はこう聞いています。官職に長くとどまる者は士人から妬まれ、俸禄の厚い者は民から怨まれ、地位の高い者は君主から恨まれる、と。あなたは宰相となって、この三つの条件をすべて備えておられる。それなのに楚の士人にも民にも咎められないのは、なぜでしょうか。孫叔敖は答えた。私は三度も楚の宰相となったが、そのたびに心はますます低くなった。俸禄が増えるたびに、人に施すことをますます広くした。地位が高くなるほどに、礼をますますうやうやしくした。だからこそ、楚の士人にも民にも咎められないのだ。
解説
長くその地位にいれば妬まれ、報酬が多ければ怨まれ、位が高ければ主君からさえ恨まれる。三拍子そろって危ういはずの宰相・孫叔敖が、なぜ誰からも咎められないのか。問われた本人の答えは、実にあっさりしています。宰相を三度務めるたびに心はますます低くなり、俸禄が増えるたびに施しをますます広くし、地位が上がるほど礼をますますうやうやしくした、というのです。地位が上がると人は姿勢が上を向き、報酬が増えると財布の口は固くなり、権限が増えると人への態度は雑になります。孫叔敖はその三つを、すべて逆方向に振り切ったわけです。上がった分だけ下がる、増えた分だけ配る、重くなった分だけ丁重にする。この単純な相殺こそが、妬みや怨みという見えない負債を消していく方法でした。昇進したとき、収入が増えたときにこそ、思い出したい一段です。