荀子 / 堯問篇
伯禽將歸於魯,周公謂伯禽之傅曰:「汝將行,盍志而子美德乎?」對曰:「其為人寬,好自用以慎。此三者,其美德已。」周公曰:「嗚呼!以人惡為美德乎?君子好以道德,故其民歸道。彼其寬也,出無辨矣,女又美之!彼其好自用也,是所以窶小也。君子力如牛,不與牛爭力;走如馬,不與馬爭走;知如士,不與士爭知。彼爭者均者之氣也,女又美之!彼其慎也,是其所以淺也。聞之曰:『無越踰不見士。』見士問曰:『無乃不察乎?』不聞即物少至,少至則淺。彼淺者,賤人之道也,女又美之!吾語女:我、文王之為子,武王之為弟,成王之為叔父,吾於天下不賤矣;然而吾所執贄而見者十人,還贄而相見者三十人,貌執之士者百有餘人,欲言而請畢事者千有餘人,於是吾僅得三士焉,以正吾身,以定天下。吾所以得三士者,亡於十人與三十人中,乃在百人與千人之中。故上士吾薄為之貌,下士吾厚為之貌,人人皆以我為越踰好士,然故士至;士至而後見物,見物然後知其是非之所在。戒之哉!女以魯國驕人,幾矣!夫仰祿之士猶可驕也,正身之士不可驕也。彼正身之士,舍貴而為賤,舍富而為貧,舍佚而為勞,顏色黎黑而不失其所,是以天下之紀不息,文章不廢也。」
新字:伯禽将帰於魯,周公謂伯禽之傅曰:「汝将行,盍志而子美徳乎?」対曰:「其為人寛,好自用以慎。此三者,其美徳已。」周公曰:「嗚呼!以人悪為美徳乎?君子好以道徳,故其民帰道。彼其寛也,出無弁矣,女又美之!彼其好自用也,是所以窶小也。君子力如牛,不与牛争力;走如馬,不与馬争走;知如士,不与士争知。彼争者均者之気也,女又美之!彼其慎也,是其所以浅也。聞之曰:『無越踰不見士。』見士問曰:『無乃不察乎?』不聞即物少至,少至則浅。彼浅者,賤人之道也,女又美之!吾語女:我、文王之為子,武王之為弟,成王之為叔父,吾於天下不賤矣;然而吾所執贄而見者十人,還贄而相見者三十人,貌執之士者百有余人,欲言而請畢事者千有余人,於是吾僅得三士焉,以正吾身,以定天下。吾所以得三士者,亡於十人与三十人中,乃在百人与千人之中。故上士吾薄為之貌,下士吾厚為之貌,人人皆以我為越踰好士,然故士至;士至而後見物,見物然後知其是非之所在。戒之哉!女以魯国驕人,幾矣!夫仰禄之士猶可驕也,正身之士不可驕也。彼正身之士,舎貴而為賤,舎富而為貧,舎佚而為労,顔色黎黒而不失其所,是以天下之紀不息,文章不廃也。」
書き下し
伯禽将に魯に帰らんとす。周公、伯禽の傅(ふ)に謂いて曰く、汝将に行かんとす。盍(なん)ぞ而(なんじ)の子の美徳を志(しる)さざる、と。対えて曰く、其の人と為り、寛にして、自ら用うるを好み、以て慎む。此の三つの者、其の美徳なるのみ、と。周公曰く、嗚呼、人の悪を以て美徳と為すか。君子は道徳を好む、故に其の民、道に帰す。彼の其の寛なるや、出でて辨(わきま)え無し。女(なんじ)又た之を美とするか。彼の其の自ら用うるを好むや、是れ窶小(るしょう)なる所以なり。君子は力、牛の如きも、牛と力を争わず。走ること馬の如きも、馬と走るを争わず。知、士の如きも、士と知を争わず。彼の争う者は均しき者の気なり。女又た之を美とするか。彼の其の慎むや、是れ其の浅き所以なり。之を聞く、越踰(えつゆ)して士を見ること無かれ、と。士を見て問いて曰く、乃ち察せざること無からんや、と。聞かざれば即ち物の至ること少なく、至ること少なければ則ち浅し。彼の浅き者は、賤人の道なり。女又た之を美とするか。吾、女に語げん。我は文王の子為(た)り、武王の弟為り、成王の叔父為り。吾、天下に於いて賤しからず。然れども吾が贄(し)を執りて見(まみ)えし者は十人、贄を還して相見えし者は三十人、貌執の士は百有余人、言わんと欲して事を畢(お)えんことを請いし者は千有余人。是に於いて吾僅かに三士を得たり。以て吾が身を正し、以て天下を定む。吾が三士を得し所以の者は、十人と三十人との中に亡(な)くして、乃ち百人と千人との中に在り。故に上士には吾薄く之が貌を為し、下士には吾厚く之が貌を為す。人人皆我を以て越踰して士を好むと為す。然る故に士至る。士至りて而る後に物を見、物を見て然る後に其の是非の在る所を知る。之を戒めよや。女、魯国を以て人に驕らば、幾(あや)うし。夫れ禄を仰ぐの士は猶お驕るべきなり。身を正すの士は驕るべからず。彼の身を正すの士は、貴きを舍(す)てて賤しきを為し、富を舍てて貧を為し、佚(いつ)を舍てて労を為し、顔色黎黒(れいこく)にして其の所を失わず。是を以て天下の紀は息(や)まず、文章は廃せざるなり、と。
現代語訳
伯禽が封地の魯へ赴こうとしていた。周公は伯禽の守り役に言った。そなたは伯禽とともに旅立つ。わが子の美徳を書き留めてみてはどうか。守り役は答えた。あの方の人柄は、寛大であり、自分の考えを押し通すことを好み、そして慎み深くあられます。この三つが美徳でございます。周公は言った。ああ、人の欠点を美徳と呼ぶのか。君子は道徳を好み、だからこそ民は道に帰する。あれが寛大だというのは、要するに物事の分別がついていないということだ。それをそなたは美徳と呼ぶのか。あれが自分の考えを押し通すのを好むというのは、それこそ人物が小さく狭くなる原因だ。君子は牛ほどの力があっても牛と力を争わず、馬ほど速く走れても馬と速さを争わず、士ほどの知があっても士と知を争わない。争うというのは、同格の者どうしの張り合いにすぎない。それをそなたは美徳と呼ぶのか。あれが慎み深いというのは、まさに底の浅さの原因だ。分を越えてまで士に会いに行くな、といい、士に会えば立ち入りすぎではないかと気にする。そうして人の言葉を聞かなければ、耳に入るものが少なくなり、少なければ浅くなる。浅いというのは、つまらぬ者のやり方だ。それをそなたは美徳と呼ぶのか。そなたに語っておこう。わたしは文王の子であり、武王の弟であり、成王の叔父である。天下において賤しい身ではない。それでもなお、わたしの方から手土産を持って会いに行った者が十人、こちらの手土産を返して対等に会った者が三十人、礼を尽くして迎えた士は百人あまり、何か言いたいことがあると申し出た者は千人あまりいた。その中からわたしが得たのは、わずか三人の士である。その三人によって我が身を正し、天下を定めたのだ。その三人を得たのは、十人や三十人の中からではなく、百人や千人の中からであった。だからわたしは、身分の高い士には礼を薄くし、身分の低い士には礼を厚くした。人はみな、わたしを分を越えてまで士を好む男だと言った。だからこそ士が集まったのだ。士が集まって初めて物事が見え、物事が見えて初めて、是非のありかが分かる。よく戒めよ。そなたが魯という国をかさに着て人に驕るなら、危ういぞ。俸禄を当てにして仕える士なら、まだ驕ってもよかろう。だが我が身を正して生きる士に驕ってはならない。身を正す士とは、貴い地位を捨てて賤しい身となり、富を捨てて貧しさを取り、安楽を捨てて労苦を選び、顔は日に焼けて黒くとも、自分の立つ場所を見失わない者だ。だからこそ天下の秩序は絶えず、文化の筋目も廃れないのだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『晏子春秋』雑上・晏子之御感妻言而自抑損晏子薦以為大夫晏子斉の相と為り、出ず。其の御の妻、門間より其の夫の相の御と為るを窺うに、大蓋を擁し、駟馬に策ち、意気揚揚として、甚だ自得せり。既にして帰るに、其の妻去らんことを請う。夫其の故を問う。妻曰く、「晏子は長六尺に満たざるに、身は斉国に相として、名は諸侯に顕わる。今者、妾其の出ずるを観るに、志念深く、常に以て自ら下る者有り。今子は長八尺にして、乃ち人の僕御と為る。然るに子の意は、自ら以て足れりとす。妾是を以て去らんことを求むるなり」と。其の後、夫自ら抑損す。晏子怪しみて之を問い、御は実を以て対う。晏子薦めて以て大夫と為す。
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孔子家語・賢君孔子閑處し、喟然として嘆じて曰わく、「向し銅鞮伯華をして死する無からしめば、則ち天下其れ定まる有らん。」子路曰わく、「由願わくば其の人を聞かん。」子曰わく、「其の幼きや敏にして學を好み、其の壯なるや勇有りて屈せず、其の老いたるや道有りて能く人に下る。此の三者有り、以て天下を定む。何ぞ難からんや。」子路曰わく、「幼くして學を好み、壯にして勇有るは、則ち可なり。夫の道有りて人に下るが若きは、又た誰にか下らん。」子曰わく、「由知らざるなり。吾れ聞く眾を以て寡を攻むれば、克たざる無しと。貴きを以て賤しきに下れば、得ざる無しと。昔者周公、冢宰の尊きに居り、天下の政を制するも、猶お白屋の士に下る。日に百七十人を見る、斯れ豈に道無きを以てせんや。士の用を得んと欲すればなり。惡くんぞ道有りて天下の君子に下る無からんや。」
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荀子・仲尼篇少は長に事え、賤は貴に事え、不肖は賢に事う。是れ天下の通義なり。人有り、埶は人の上に在らずして、人の下と為るを羞ずるは、是れ姦人の心なり。志は姦心を免れず、行ないは姦道を免れずして、君子聖人の名有らんことを求むるは、之を辟うれば、是れ猶お伏して天を咶め、経を救わんとして其の足を引くがごとし。説は必ず行なわれず、俞いよ務めて俞いよ遠ざかる。故に君子は時に詘すれば則ち詘し、時に伸ぶれば則ち伸ぶるなり。
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葉隠・聞書第一何某(なにがし)は気性者(きしょうもの)なり、何某の前にてかような儀を申し候(そうろう)」と話す人あり。それが面(つら)に似合わぬ言い分なり。曲者(くせもの)と言われたきまでなり。卑(いや)しき位なり。青き所がある人と見えたり。そのように、人の前にて物を言うは槍持(やりもち)中間(ちゅうげん)の出会い同然にて賤(いや)しき事なり。「侍たる者は、まず礼儀正しきとこそ美しけれ」と。扇・鼻紙・料紙・臥具(がぐ)などは、少しよき物にても苦しからざるなり。居宅・衣裳・諸道具など面(つら)に似合わぬ事する人多し。
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史記 管晏列伝晏子斉の相たり。出づ。其の御の妻、門間よりして其の夫を闚ふ。其の夫、相の御を為して、大蓋を擁し、駟馬に策ち、意気揚揚として甚だ自ら得たるなり。既にして帰る。其の妻去らんことを請ふ。夫其の故を問ふ。妻曰く、「晏子の長けは六尺に満たずして、身は斉国に相たり、名は諸侯に顕はる。今妾其の出づるを覩るに、志念深く、常に自ら下る有る者なり。今子は長け八尺、乃ち人の僕御為り、然るに子の意は自ら以て足れりと為す。妾是の以に去らんことを求むるなり」と。其の後夫自ら抑損す。晏子怪しみて之を問ふ。御実を以て対ふ。晏子薦めて大夫と為す。
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