荀子 / 哀公篇
魯哀公問舜冠於孔子,孔子不對。三問不對。哀公曰:「寡人問舜冠於子,何以不言也?」孔子曰:「古之王者,有務而拘領者矣,其政好生而惡殺焉。是以鳳在列樹,麟在郊野,烏鵲之巢可俯而窺也。君不此問,而問舜冠,所以不對也。」
新字:魯哀公問舜冠於孔子,孔子不対。三問不対。哀公曰:「寡人問舜冠於子,何以不言也?」孔子曰:「古之王者,有務而拘領者矣,其政好生而悪殺焉。是以鳳在列樹,麟在郊野,烏鵲之巣可俯而窺也。君不此問,而問舜冠,所以不対也。」
書き下し
魯の哀公、舜の冠を孔子に問う。孔子対えず。三たび問えども対えず。哀公曰く、寡人、子に舜の冠を問うに、何を以て言わざるや、と。孔子曰く、古の王者に、務(ぼう)して領を拘(まる)くする者有り。其の政は生を好みて殺を悪(にく)む。是を以て鳳は列樹に在り、麟は郊野に在り、烏鵲(うじゃく)の巣は俯して窺うべきなり。君は此を問わずして舜の冠を問う。対えざる所以なり、と。
現代語訳
魯の哀公が、舜の冠について孔子に尋ねた。孔子は答えない。三度尋ねても答えない。哀公が言った。私はあなたに舜の冠について尋ねているのに、なぜ何もおっしゃらないのか。孔子は答えた。古の王者には、粗末な冠をかぶり丸い襟の衣を着ていた者がおりました。その政治は生かすことを好み、殺すことを憎みました。だからこそ鳳凰は並木にとまり、麒麟は郊外の野に姿を見せ、カラスやカササギの巣は身をかがめてのぞき込めるほどに、鳥さえ人を恐れませんでした。殿はそこをお尋ねにならず、舜の冠のことをお尋ねになる。だからお答えしなかったのです。
解説
哀公が聖王・舜の冠のかたちを三度も尋ね、孔子が三度とも黙り込む場面です。ようやく口を開いた孔子が語ったのは、冠の話ではなく政治の中身でした。昔の王者は粗末な冠と丸襟の衣という質素な身なりで、その政治は生かすことを好み殺すことを憎んだ。だから鳥や獣までが人を恐れず、その巣をのぞき込めるほどだったと言います。哀公が知りたがったのは聖王の外側の形であり、孔子が語りたかったのは聖王の政治の中身でした。この落差を、沈黙という強い形で突きつけたのです。私たちも、成功した人のやり方を学ぼうとするとき、道具や見た目といった真似しやすい部分にばかり目が向きがちです。しかし本当に学ぶべきは、その人が何を大事にし、何を憎んだかという中身のほうです。孔子の沈黙は、問いの立て方そのものへの静かな批判でした。
この章句が説くこと
舜の冠孔子の沈黙形より政治の中身生を好む政治徳治修身
関連する章句
-
孔子家語・好生魯の哀公孔子に問いて曰わく、「昔者舜何の冠をか冠せしか。」孔子対えず。公曰わく、「寡人子に問う有りて子言う無きは、何ぞや。」対えて曰わく、「君の問い其の大なる者を先にせざるを以て、故に方に対する所以を思うなり。」公曰わく、「其の大なるは何ぞや。」孔子曰わく、「舜の君と為るや、其の政は生を好みて殺を悪み、其の任は賢を授けて不肖を替う。徳天地の若くして静虚、化四時の若くして物を変ず。是を以て四海風を承け、異類に暢び、鳳翔り麟至り、鳥獣徳に馴る、他無きなり、生を好むが故なり。君此の道を舎いて、冠冕是れ問う、是を以て対うるを緩くせり。」
-
荀子・哀公篇魯の哀公、孔子に問いて曰く、紳(しん)・委(い)・章甫は仁に益有りや、と。孔子蹴然(しゅくぜん)として曰く、君、号(なん)ぞ然るや。資衰(しさい)・苴杖(しょじょう)する者の楽を聴かざるは、耳の聞く能わざるに非ず、服の然らしむるなり。黼衣(ほい)・黼裳(ほしょう)する者の葷(くん)を茹(く)らわざるは、口の味わう能わざるに非ず、服の然らしむるなり。且つ丘、之を聞く、肆(みせ)を好む者は折(そん)を守らず、長者は市(あきない)を為さず、と。竊(ひそ)かに其の益有ると其の益無きと、君、其れ之を知らん、と。
-
荀子・哀公篇哀公曰く、然らば則ち夫の章甫(しょうほ)・絇屨(くく)、紳帯して笏を搢(さしはさ)む者、此れ賢なるか、と。孔子対えて曰く、必ずしも然らず。夫れ端衣玄裳、絻(べん)して路車に乗る者は、志は葷(くん)を食らうに在らず。斬衰(ざんさい)・菅屨(かんく)、杖つきて粥を啜る者は、志は酒肉に在らず。今の世に生まれて古の道を志し、今の俗に居りて古の服を服す。此に舍(お)りて非を為す者は、有りと雖も、亦た鮮(すく)なからずや、と。
-
荀子・哀公篇魯の哀公、孔子に問いて曰く、吾、吾が国の士を論(えら)び、之と国を治めんと欲す。敢えて問う、如何にして之を取らんや、と。孔子対えて曰く、今の世に生まれて古の道を志し、今の俗に居りて古の服を服す。此に舍(お)りて非を為す者は、亦た鮮(すく)なからずや、と。
-
孔子家語・好生哀公問いて曰わく、「紳委章甫は、仁に益有りや。」孔子色を作して対えて曰わく、「君胡ぞ然るや、衰麻苴杖の者は、誌楽しみに存せず、耳聞かざるに非ず、服然らしむるなり。黼黻袞冕の者は、容慢を襲わず、性矜荘なるに非ず、服然らしむるなり。介胃執戈の者は、退懦の気無し、体純猛なるに非ず、服然らしむるなり。且つ臣之を聞く、肆を好む者は折を守らず、而して長者は市を為さずと、竊に夫れ益有ると益無きとは、君子の知る所以なりと。」
-
荀子・哀公篇魯の哀公、孔子に問いて曰く、寡人は深宮の中に生まれ、婦人の手に長ず。寡人未だ嘗て哀を知らず、未だ嘗て憂を知らず、未だ嘗て労を知らず、未だ嘗て懼を知らず、未だ嘗て危を知らず、と。孔子曰く、君の問う所は、聖君の問いなり。丘は小人なり、何ぞ以て之を知るに足らんや、と。曰く、吾子に非ざれば之を聞く所無し、と。孔子曰く、君、廟門に入りて右し、胙階(そかい)より登り、仰ぎて榱棟(すいとう)を視、俯して几筵(きえん)を見れば、其の器は存して其の人は亡し。君此を以て哀を思わば、則ち哀将(は)た焉(いずく)にして至らざらんや。君、昧爽(まいそう)にして櫛(くしけず)り冠し、平明にして朝を聴くに、一物応ぜざれば、乱の端なり。君此を以て憂を思わば、則ち憂将た焉にして至らざらんや。君、平明にして朝を聴き、日昃(かたむ)きて退けば、諸侯の子孫、必ず君の末庭に在る者有らん。君此を以て労を思わば、則ち労将た焉にして至らざらんや。君、魯の四門を出でて以て魯の四郊を望まば、亡国の虚(あと)、則ち必ず数蓋(すうがい)有らん。君此を以て懼を思わば、則ち懼将た焉にして至らざらんや。且つ丘、之を聞く、君なる者は舟なり、庶人なる者は水なり。水は則ち舟を載せ、水は則ち舟を覆す。君此を以て危を思わば、則ち危将た焉にして至らざらんや、と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る