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荀子 / 子道篇

子路問於孔子曰:「魯大夫練而床,禮邪?」孔子曰:「吾不知也。」子路出,謂子貢曰:「吾以為夫子無所不知,夫子徒有所不知。」子貢曰:「汝何問哉?」子路曰:「由問:『魯大夫練而床,禮邪?』夫子曰:『吾不知也。』」子貢曰:「吾將為女問之。」子貢問曰:「練而床,禮邪?」孔子曰:「非禮也。」子貢出,謂子路曰:「女謂夫子為有所不知乎!夫子徒無所不知。女問非也。禮:居是邑不非其大夫。」

新字:子路問於孔子曰:「魯大夫練而床,礼邪?」孔子曰:「吾不知也。」子路出,謂子貢曰:「吾以為夫子無所不知,夫子徒有所不知。」子貢曰:「汝何問哉?」子路曰:「由問:『魯大夫練而床,礼邪?』夫子曰:『吾不知也。』」子貢曰:「吾将為女問之。」子貢問曰:「練而床,礼邪?」孔子曰:「非礼也。」子貢出,謂子路曰:「女謂夫子為有所不知乎!夫子徒無所不知。女問非也。礼:居是邑不非其大夫。」

書き下し

子路、孔子に問いて曰く、「魯の大夫、練(れん)して床(しょう)するは、礼なるか」と。孔子曰く、「吾知らざるなり」と。子路出でて、子貢に謂いて曰く、「吾以為(おも)えらく夫子は知らざる所無しと。夫子徒(た)だ知らざる所有り」と。子貢曰く、「女(なんじ)何をか問える」と。子路曰く、「由問う、『魯の大夫、練して床するは礼なるか』と。夫子曰く、『吾知らざるなり』と」と。子貢曰く、「吾将(まさ)に女の為に之を問わんとす」と。子貢問いて曰く、「練して床するは、礼なるか」と。孔子曰く、「礼に非ざるなり」と。子貢出でて、子路に謂いて曰く、「女、夫子を知らざる所有りと謂えるか。夫子徒だ知らざる所無し。女の問いは非なり。礼に、是の邑に居りては其の大夫を非(そし)らず、と」。

現代語訳

子路が孔子に尋ねた、「魯の大夫が、一周忌の練の祭を済ませたあとで寝台を使うのは、礼にかなっているでしょうか」。孔子は「私は知らない」と答えた。子路は退出して子貢に言った、「私は先生を知らないことなど何もない方だと思っていたが、先生にも知らないことがあるのだな」。子貢は言った、「おまえは何を尋ねたのか」。子路は言った、「私は『魯の大夫が練の祭のあとで寝台を使うのは礼にかなうか』と尋ねた。先生は『私は知らない』と言われた」。子貢は言った、「私がおまえのために聞いてみよう」。子貢は尋ねた、「練の祭のあとで寝台を使うのは、礼にかなっているでしょうか」。孔子は「礼ではない」と答えた。子貢は退出して子路に言った、「おまえは先生に知らないことがあると言ったな。先生には知らないことなど何もない。おまえの問い方が間違っていたのだ。礼には、その町に住んでいる者はその土地の大夫をそしらない、とある」。

解説

子路が「魯の大夫が喪中の作法として寝台を使うのは礼にかなうか」と尋ねると、孔子は「知らない」と答えます。子路は先生にも知らないことがあるのかと驚きますが、子貢が主語から「魯の大夫」を外して同じ内容を聞き直すと、孔子はあっさり「礼ではない」と答えます。問いの中身が同じでも、問い方が違ったのです。子貢の説明は明快で、礼には「その町に住む者は、その土地の大夫を批判しない」という決まりがある。魯に仕える孔子が魯の大夫を名指しで非礼だと断ずれば、それ自体が礼を外れることになる。だから孔子は「知らない」と言うほかなかったのです。答えないことにも意味があるという、深い一段です。私たちの職場でも、正論だからといって特定の誰かを名指しで断ずれば、正しさよりも角が立ちます。何を問うかだけでなく、どう問うか。原則を語るのか、人を裁くのか。その区別が、大人の作法というものでしょう。

この一句を、あなたの毎日に。

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