荀子 / 大略篇
多言而類,聖人也;少言而法,君子也;多言無法,而流湎然,雖辯,小人也。
新字:多言而類,聖人也;少言而法,君子也;多言無法,而流湎然,雖弁,小人也。
書き下し
多く言ひて類するは、聖人なり。少なく言ひて法るは、君子なり。多く言ひて法無く、而して流湎(りゅうべん)然たるは、辯ずと雖も、小人なり。
現代語訳
言葉が多くても、その一つひとつが道理の筋道にかなっているのが聖人である。言葉は少なくても、その一つひとつが法度にかなっているのが君子である。言葉が多いうえに法度もなく、だらだらと取りとめなく流れていくのは、どれほど弁が立とうとも小人である。
解説
人を、言葉の量ではなく、言葉の質で三段階に分けた一段です。ここで面白いのは、荀子が「口数が少ないほど偉い」とは言っていないところです。聖人はむしろよく語る。ただし、語るすべてが筋道にかなっている。君子は口数こそ少ないが、発する言葉は法度を外さない。問題は三番目で、量が多いうえに筋がなく、あてもなく流れていくだけの饒舌です。それは弁が立つのではなく、ただ喋っているだけであり、荀子はそれを小人と呼びます。つまり基準は、語る量ではなく、語る内容が筋道に沿っているかどうかなのです。会議やプレゼンでも、短く話せばよいのではありません。長さの前に、一言一言が筋を通っているかを問うこと。そこが整えば、多く語っても人は聞いてくれます。
この章句が説くこと
言葉の質聖人と君子と小人筋道のある発言饒舌謙虚君子小人
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