荀子 / 大略篇
無用吾之所短,遇人之所長。故塞而避所短,移而從所仕。疏知而不法,辨察而操僻,勇果而無禮,君子之所憎惡也。
新字:無用吾之所短,遇人之所長。故塞而避所短,移而従所仕。疏知而不法,弁察而操僻,勇果而無礼,君子之所憎悪也。
書き下し
吾の短き所を用ゐて、人の長ずる所に遇(あ)ふこと無かれ。故に塞(ふさ)ぎて短き所を避け、移りて仕(つか)ふる所に従ふ。疏知(そち)にして法らず、辨察(べんさつ)にして僻(へき)を操り、勇果にして礼無きは、君子の憎悪する所なり。
現代語訳
自分の不得手なところを持ち出して、人の得意なところとぶつけてはならない。だから、自分の短所には蓋をしてそこを避け、自分が力を発揮できる方面に移ってそれに従うのである。知識が粗雑で法度にのっとらず、弁が立ち詮索が細かいのに偏った考えを振り回し、勇ましく決断力があっても礼を欠いている——こうしたものは、君子の憎み嫌うところである。
解説
前半は、自分の弱いところで人の強いところと張り合うな、という実践的な戒めです。勝負にならないばかりか、消耗するだけで何も生まれません。短所は無理に補おうとするより、そこを避け、自分が力を発揮できる場所に移る。荀子は精神論ではなく、配置の問題として語ります。後半は、能力があるのに土台を欠いた三つの型を挙げます。知識はあっても筋道が粗い者、弁が立つのに偏った説を振り回す者、決断力があっても礼を欠く者。どれも力があるだけに、かえって害になります。能力は方向を持たなければ、周囲を傷つける刃になるということです。私たちも、自分の得意が生きる場所を選ぶと同時に、その力が礼と筋道の上に置かれているかを確かめる必要があります。
この章句が説くこと
短所を避ける適材適所能力と礼偏った弁舌謙虚
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