荀子 / 大略篇
言之信者,在乎區蓋之間。疑則不言,未問則不言。
新字:言之信者,在乎区蓋之間。疑則不言,未問則不言。
書き下し
言の信なる者は、区蓋(くがい)の間に在り。疑はしければ則ち言はず、未だ問はれざれば則ち言はず。
現代語訳
言葉が信頼を得られるかどうかは、控えめに慎んで、みだりに口を開かないところにかかっている。疑わしいことは口にせず、まだ問われていないことは言わないのである。
解説
言葉が信用されるのは、たくさん語るからではなく、控えるべきところを控えているからだ、という一段です。「区蓋」は、しまっておく、覆っておくという意味で、言葉を抑える慎みを指します。荀子が挙げる原則は二つ、単純ですが厳しいものです。ひとつ、確信のないことは口にしない。ふたつ、まだ聞かれてもいないことは言わない。不確かな話を推測まじりに広め、聞かれてもいないのに口を挟む。このどちらも、その場では気が利くように見えて、実は信用を削っていきます。逆に、この人は確かなことしか言わない、余計な口出しをしないと分かれば、いざ発した一言が重みを持ちます。会議でもSNSでも、話す量ではなく、話さない判断が信用を作っている。そう考えると、沈黙もまた積極的な表現です。
この章句が説くこと
言葉の信慎んで語る疑わしきは言わず沈黙の力信頼言行一致
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