荀子 / 大略篇
子夏家貧,衣若縣鶉。人曰:「子何不仕?」曰:「諸侯之驕我者,吾不為臣;大夫之驕我者,吾不復見。柳下惠與後門者同衣,而不見疑,非一日之聞也。爭利如蚤甲,而喪其掌。」
新字:子夏家貧,衣若県鶉。人曰:「子何不仕?」曰:「諸侯之驕我者,吾不為臣;大夫之驕我者,吾不復見。柳下恵与後門者同衣,而不見疑,非一日之聞也。争利如蚤甲,而喪其掌。」
書き下し
子夏(しか)家貧しく、衣は縣鶉(けんじゅん)の若(ごと)し。人曰く、「子何ぞ仕へざる」と。曰く、「諸侯の我に驕(おご)る者には、吾臣と為らず。大夫の我に驕る者には、吾復(ま)た見えず。柳下恵(りゅうかけい)は後門の者と衣を同じくして、而も疑はれざるは、一日の聞(きこ)えに非ざればなり。利を争ふこと蚤甲(そうこう)の如くにして、其の掌(たなごころ)を喪(うしな)ふ」と。
現代語訳
子夏は家が貧しく、その衣服はうずらを吊るしたようにぼろぼろだった。ある人が尋ねた。「あなたはどうして仕官しないのか」。子夏は答えた。「私に対して傲慢な諸侯には、私は臣下とならない。私に対して傲慢な大夫には、私は二度と会わない。柳下恵が門番のような賤しい者と同じ粗末な衣をまとっていても人から疑われなかったのは、その評判が一日二日で築かれたものではなかったからだ。爪の先ほどのわずかな利を争って、手のひらそのものを失うようなことはしたくない」。
解説
孔子の弟子である子夏が、貧しさの中でなぜ仕官しないのかを問われて答えた場面です。彼は身分ではなく態度を見ています。自分を見下すような相手には、たとえ諸侯であっても仕えない。ここには、生活の困窮よりも人としての筋を優先する構えがあります。柳下恵の例を引くのは、ぼろを着ていても人が彼を疑わなかったのは、長い年月をかけて積み上げた信用があったからだ、という意味です。信用は一日では作れないが、一度できれば見た目に左右されない。最後の一句が痛烈で、爪先ほどの小さな利を奪い合ううちに、手のひらごと、つまり自分の生き方全体を失ってしまう、と言います。目先の条件に飛びついて信用や誇りを損なう。その取り違えを避けよという戒めです。
この章句が説くこと
子夏柳下恵目先の利信用の蓄積信念中庸
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