荀子 / 大略篇
古者匹夫五十而士。天子諸侯子十九而冠,冠而聽治,其教至也。
新字:古者匹夫五十而士。天子諸侯子十九而冠,冠而聴治,其教至也。
書き下し
古者(いにしへ)匹夫(ひっぷ)は五十にして士たり。天子・諸侯の子は十九にして冠す。冠して治を聴くは、其の教への至れるなり。
現代語訳
昔は、庶民は五十歳になってはじめて士(官に就く者)となった。それに対して天子や諸侯の子は、十九歳で元服し、元服するとすぐに政務を執った。それができたのは、彼らへの教育が行き届いていたからである。
解説
同じ年頃でも、任される時期に大きな差があったことを述べた一段です。庶民が五十年かけてようやく官に就く資格を得たのに対し、君主の子は十代のうちに元服し、そのまま政務に当たった。荀子はその差を、身分そのものではなく「教育が行き届いていたから」だと説明します。血筋があるから若くして任せられるのではなく、幼いうちから密度の高い教えを受け、備えができていたから任せられたのだ、という理屈です。裏を返せば、教育の質と量が、人が責任を担えるようになるまでの時間を決めるということでもあります。若い人に早く任せたいなら、任せる前にどれだけ教え、どれだけ環境を整えたかが問われます。年齢や経験年数ではなく、教育の中身こそが人を成熟させるのだと読めます。