荀子 / 大略篇
多知而無親,博學而無方,好多而無定者,君子不與。
新字:多知而無親,博学而無方,好多而無定者,君子不与。
書き下し
多く知りて親(しん)無く、博(ひろ)く学びて方(ほう)無く、多きを好みて定まること無き者は、君子は与(くみ)せず。
現代語訳
多くを知っていながら自分の身に引きつけて切実に修めたものがなく、広く学んでいながら拠って立つ筋道がなく、たくさん集めることを好みながら定まったところがない。そういう者と、君子は交わらない。
解説
知識の量そのものは価値ではない、と断じた一段です。三つの「多いのに無い」が並べられます。多く知っているのに、自分の身に引きつけて切実に修めたものがない。広く学んでいるのに、拠って立つ筋道がない。たくさん集めるのを好むのに、定まったところがない。共通しているのは、集めることが目的化して、自分の中心が育っていないという点です。荀子はそういう相手とは交わらないとまで言います。学びには量だけでなく、方向と定見が要るのです。今の私たちは、いくらでも情報を集められる環境にいます。だからこそ、集めた知識のうち何が自分の判断の軸になっているのか、その一点を確認したい。読んだ本の冊数ではなく、そこから何を捨てず持ち続けているか。それが学びの成果を測る本当の物差しです。
この章句が説くこと
博学だけでは足りない拠って立つ筋道定見学びの中心本質型
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