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荀子 / 大略篇

曾子行,晏子從於郊,曰:「嬰聞之:君子贈人以言,庶人贈人以財。嬰貧無財,請假於君子,贈吾子以言:乘輿之輪,太山之木也,示諸檃栝,三月五月,為幬采,敝而不反其常。君子之檃栝,不可不謹也。慎之!蘭茞槁本,漸於蜜醴,一佩易之。正君漸於香酒,可讒而得也。君子之所漸,不可不慎也。」

新字:曽子行,晏子従於郊,曰:「嬰聞之:君子贈人以言,庶人贈人以財。嬰貧無財,請仮於君子,贈吾子以言:乗輿之輪,太山之木也,示諸檃栝,三月五月,為幬采,敝而不反其常。君子之檃栝,不可不謹也。慎之!蘭茞槁本,漸於蜜醴,一佩易之。正君漸於香酒,可讒而得也。君子之所漸,不可不慎也。」

書き下し

曾子(そうし)行(さ)る。晏子(あんし)郊(こう)に従(したが)ひて曰く、「嬰(えい)之を聞く、君子は人に贈るに言を以てし、庶人は人に贈るに財を以てすと。嬰は貧しくして財無し、請(こ)ふ君子に仮(か)りて、吾子(ごし)に贈るに言を以てせん。乗輿(じょうよ)の輪は、太山(たいざん)の木なり。諸(これ)を檃栝(いんかつ)に示(お)くこと三月五月、幬采(とうさい)と為(な)り、敝(やぶ)るるも其の常に反(かへ)らず。君子の檃栝は、謹(つつし)まざるべからず。之を慎め。蘭茞(らんし)槁本(こうほん)も、蜜醴(みつれい)に漸(ひた)せば、一たび佩(お)びて之を易(か)ふ。正君も香酒に漸せば、讒(ざん)して得べきなり。君子の漸(ひた)る所、慎まざるべからず」と。

現代語訳

曾子が旅立つとき、晏子が郊外まで見送って言った。「わたくし嬰はこう聞いております。君子は人に言葉を贈り、庶民は人に財を贈る、と。嬰は貧しくて贈る財がありません。どうか君子のやり方を借りて、あなたに言葉を贈らせてください。車の輪は、もとは太山に生えた木です。それを矯め木にかけて三月五月と置けば、しっかりと曲がった輪の形になり、たとえ壊れても、もとのまっすぐな木には戻りません。君子にとっての矯め木もまた、慎重に選ばなければなりません。よくよく慎んでください。蘭や茞や槁本といった香り高い草も、蜜や甘酒に浸してしまえば、人は一度身に帯びただけで、これを捨てて取り替えてしまいます。正しい君主でさえ、甘い香りの酒に浸れば、讒言によって心を奪われてしまうのです。君子が何に浸るかは、慎重でなければなりません」。

解説

斉を去る曾子への、晏子のはなむけの言葉です。財がないので言葉を贈る、という前置きからして品があります。中身は二つの比喩でできています。ひとつは矯め木。太山の大木も、矯め木にかけて数か月置けば曲がった車輪の形になり、壊れてももう元のまっすぐな姿には戻らない。だから自分をどんな型にかけるかは慎重に選べ、というのです。もうひとつは香草。どれほど香り高い草でも、蜜や甘酒に浸してしまえば台無しになり、人はすぐ捨ててしまう。正しい君主でさえ、甘い環境に浸れば讒言に崩される。人は環境によって形づくられ、その変化は元に戻らない、という荀子の思想がここに凝縮されています。誰と過ごし、どんな場に身を置くか。それは好みの問題ではなく、自分の形が決まる問題なのです。

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