荀子 / 大略篇
曾子曰:「孝子言為可聞,行為可見。言為可聞,所以說遠也;行為可見,所以說近也;近者說則親,遠者悅則附;親近而附遠,孝子之道也。」
新字:曽子曰:「孝子言為可聞,行為可見。言為可聞,所以説遠也;行為可見,所以説近也;近者説則親,遠者悅則附;親近而附遠,孝子之道也。」
書き下し
曾子(そうし)曰く、「孝子(こうし)は言(げん)聞くべきを為(な)し、行(おこな)ひ見るべきを為す。言聞くべきを為すは、遠きを説(よろこ)ばしむる所以(ゆゑん)なり。行ひ見るべきを為すは、近きを説ばしむる所以なり。近き者説べば則ち親しみ、遠き者悦べば則ち附(つ)く。近きに親しまれて遠きを附かしむるは、孝子の道なり」と。
現代語訳
曾子は言った。「孝行な子は、人に聞かれてよい言葉を語り、人に見られてよい行いをする。聞かれてよい言葉を語るのは、遠くの人を喜ばせるためである。見られてよい行いをするのは、近くの人を喜ばせるためである。近くの者が喜べば親しみが生まれ、遠くの者が喜べば慕い寄ってくる。近くの者に親しまれ、遠くの者を慕い寄らせる。これが孝行な子の道である」。
解説
孝を、家のなかの私事としてではなく、外に向けた言行の質として語った一段です。曾子は、人に聞かれて恥ずかしくない言葉を語り、人に見られて恥ずかしくない行いをすること、それ自体が孝だと言います。しかも役割を分けているところが面白い。言葉は遠くまで届くから、遠方の人を喜ばせる。行いは近くの人にしか見えないから、身近な人を喜ばせる。そうして近くの人には親しまれ、遠くの人には慕い寄られる。その評判こそが親を安んじるのだ、というわけです。裏返せば、身近な人に雑にふるまいながら、外向きの発言だけを立派に整えても、それは孝ではないということになります。近くには行いで、遠くには言葉で。信頼の築き方として、そのまま現代に通じる整理です。