荀子 / 大略篇
君子立志如窮,雖天子三公問正,以是非對。
新字:君子立志如窮,雖天子三公問正,以是非対。
書き下し
君子の志を立つるは窮(きゅう)するが如し。天子三公(さんこう)正(せい)を問ふと雖(いへど)も、是非を以て対(こた)ふ。
現代語訳
君子が志を立てて守るさまは、困窮しているときと少しも変わらない。天子や三公という最高位の人から正しいあり方を問われても、ただ是は是、非は非として答えるだけである。
解説
君子の志は、境遇によって形を変えない、という一段です。困り果てて誰も見向きもしないときと、天子や三公から意見を求められる晴れがましいときとで、答えが変わらない。相手が最高権力者であっても、是は是、非は非とそのまま述べる。ここでいう志とは、願望や野心ではなく、どんな状況でも動かない判断の軸のことです。人はふつう、相手の地位や場の空気によって言うことを微妙に調整してしまいます。それは処世術としては有効でも、続ければ自分の判断の軸そのものが摩耗していきます。上司の前、大きな取引先の前、大勢の前。そういう場面でこそ、ふだん通りの是非をそのまま口にできるか。志を立てるとは、まさにその一貫性を保つことなのだと荀子は言っています。
この章句が説くこと
志の一貫性是を是とする権威に屈しない判断の軸志信念
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