荀子 / 大略篇
有法者以法行,無法者以類舉。以其本知其末,以其左知其右,凡百事異理而相守也。慶賞刑罰,通類而後應;政教習俗,相順而後行。
新字:有法者以法行,無法者以類舉。以其本知其末,以其左知其右,凡百事異理而相守也。慶賞刑罰,通類而後応;政教習俗,相順而後行。
書き下し
法有る者は法を以て行ひ、法無き者は類を以て挙ぐ。其の本を以て其の末を知り、其の左を以て其の右を知る。凡そ百事は理を異にして相ひ守るなり。慶賞刑罰は、類に通じて而る後に応じ、政教習俗は、相ひ順ひて而る後に行はる。
現代語訳
定めのある事柄は、その法に従って処理し、定めのない事柄は、似た事例からの類推によって判断する。根本を手がかりにして末端を知り、左を手がかりにして右を知る。あらゆる事柄はそれぞれ道理を異にしながらも、互いに支え合っている。ほうびや刑罰は、類推の筋道に通じてはじめて事に応じて下すことができる。政治や教化は、民間の習俗と調和してはじめて行われるのである。
解説
規則で処理できないことをどう裁くか、という実務の核心に触れた一段です。法があればそれに従えばよい。しかし現実には、あらゆる場面を覆う法など存在しません。そこで荀子が持ち出すのが類、すなわち類推です。根本から末端を推し量り、左から右を察する。似た筋道をたどることで、規定のない事柄にも一貫した判断を下せるというのです。賞罰も、この類推の筋道が体に入っていなければ、その場しのぎの恣意になってしまいます。さらに政策は、民間の習俗と噛み合わなければ空回りする。運用の現実感がにじむ言葉です。私たちの仕事でも、マニュアルにない場面は必ず来ます。そのとき頼りになるのは、規則の丸暗記ではなく、その背後にある原理をつかんでいるかどうかです。
この章句が説くこと
法と類推原理をつかむ賞罰の一貫性政治と習俗
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