荀子 / 大略篇
天下國有俊士,世有賢人。迷者不問路,溺者不問遂,亡人好獨。《詩》曰:「我言維服,勿用為笑。先民有言,詢於芻蕘。」言博問也。
新字:天下国有俊士,世有賢人。迷者不問路,溺者不問遂,亡人好独。《詩》曰:「我言維服,勿用為笑。先民有言,詢於芻蕘。」言博問也。
書き下し
天下の国に俊士有り、世に賢人有り。迷ふ者は路を問はず、溺るる者は遂を問はず、亡ぶる人は独りを好む。詩に曰く、「我が言は維れ服すべし、用て笑ひと為すこと勿かれ。先民言へる有り、芻蕘に詢ふと」と。博く問ふを言ふなり。
現代語訳
天下のどの国にもすぐれた人材がおり、どの時代にも賢人がいる。それなのに、道に迷う者は道を尋ねず、溺れかけている者は渡るべき道筋を尋ねず、身を滅ぼす者は独りで決めたがる。詩に「わたしの言葉は聞き従うべきものだ、笑い事にしてはならない。昔の人の言葉に、草刈りや木こりにも尋ねよとある」とある。広く人に問えということを言っているのである。
解説
問うことを惜しむ人は滅びる、と説いた一段です。人材はどの国にもどの時代にもいる。それなのに滅ぶ人が絶えないのは、賢者がいないからではなく、尋ねようとしないからだと荀子は言います。迷子は道を聞かず、溺れる者は渡り方を聞かず、身を滅ぼす者は誰にも相談せず独りで決める。窮地にある人ほど頑なになるという、人間の弱点を鋭く突いた指摘です。引かれた詩の一句はさらに徹底していて、草刈りや木こりのような身分の低い者にも尋ねよと言います。知恵は肩書きに宿るのではなく、どこにでも転がっている。私たちも、行き詰まったときほど人に聞けなくなります。恥ずかしさや意地が口を閉ざさせるのです。広く問う。それだけで避けられる失敗が、驚くほどたくさんあります。
この章句が説くこと
広く問う独断の危うさ賢人はどこにでもいる相談する勇気人材登用賢者
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