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荀子 / 大略篇

士有妒友,則賢交不親;君有妒臣,則賢人不至。蔽公者謂之昧,隱賢者謂之妒,奉妒昧者謂之交譎。交譎之人,妒昧之臣,國之薉孽也。

新字:士有妒友,則賢交不親;君有妒臣,則賢人不至。蔽公者謂之昧,隠賢者謂之妒,奉妒昧者謂之交譎。交譎之人,妒昧之臣,国之薉孽也。

書き下し

士に妒友有れば、則ち賢交親しまず。君に妒臣有れば、則ち賢人至らず。公を蔽ふ者、之を昧と謂ひ、賢を隠す者、之を妒と謂ひ、妒昧を奉ずる者、之を交譎と謂ふ。交譎の人、妒昧の臣は、国の薉孽なり。

現代語訳

士に嫉妬深い友がいれば、すぐれた友人は近づいてこない。君主に嫉妬深い臣がいれば、賢者はやって来ない。公のことを覆い隠す者を昧といい、すぐれた人物を世に出さないよう隠す者を妒といい、その妒や昧の者を担ぎ上げて助ける者を交譎という。交譎の人、妒昧の臣は、国にとってけがれであり、災いの根である。

解説

すぐれた人材が集まらない組織には、必ず理由があると喝破した一段です。荀子はその原因を、嫉妬する友、嫉妬する臣に見ます。嫉妬深い人がそばにいると、優秀な人はそもそも近寄ってこない。人が来ないのは魅力がないからではなく、門番が追い返しているからだ、というのです。さらに荀子は、その手口を三つに分類します。公のことを覆い隠す昧、賢者を埋もれさせる妒、そしてそういう連中に取り入って手を貸す交譎。これらを国のけがれ、災いの根と痛烈に断じています。組織の人材難を嘆く前に、内側にこうした力学が働いていないかを見るべきでしょう。有能な人を歓迎できる人が要にいるかどうか。それが、その組織に人が集まるかどうかを決めています。

この一句を、あなたの毎日に。

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