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荀子 / 大略篇

禮之於正國家也,如權衡之於輕重也,如繩墨之於曲直也。故人無禮不生,事無禮不成,國家無禮不寧。

新字:礼之於正国家也,如権衡之於輕重也,如繩墨之於曲直也。故人無礼不生,事無礼不成,国家無礼不寧。

書き下し

礼の国家を正すに於けるや、権衡の軽重に於けるが如く、縄墨の曲直に於けるが如し。故に人は礼無くんば生きず、事は礼無くんば成らず、国家は礼無くんば寧からず。

現代語訳

礼が国家を正すはたらきは、はかりが物の軽重をはっきりさせるようであり、墨縄が曲がりと真っすぐを見分けさせるようである。だから人は礼がなければ生きてゆけず、事は礼がなければ成就せず、国家は礼がなければ安らかにならない。

解説

礼を、はかりと墨縄という二つの道具にたとえた有名な一段です。権衡は物の重さを量るはかり、縄墨は大工が真っすぐな線を引くために使う墨つぼの糸です。どちらにも共通するのは、人の目分量や気分に左右されない客観的な基準だという点です。荀子は、礼とはまさにそういう基準であり、これがなければ何が重く何が軽いのか、何が正しく何が歪んでいるのかを人は判断できないと言います。だからこそ、人も事業も国家も、礼を欠いては立ちゆかない。私たちの仕事に引きつければ、判断のたびに気分で線を引くのではなく、共有された基準を持っているかという問いになります。基準があってはじめて、議論は感情論を離れ、物事は前に進むのです。

この一句を、あなたの毎日に。

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