荀子 / 大略篇
君於大夫,三問其疾,三臨其喪;於士,一問,一臨。諸侯非問疾弔喪不之臣之家。
書き下し
君の大夫に於けるや、三たび其の疾を問ひ、三たび其の喪に臨む。士に於けるや、一たび問ひ、一たび臨む。諸侯は疾を問ひ喪を弔ふに非ざれば、臣の家に之かず。
現代語訳
君主は大夫に対しては、病気のときに三度見舞い、亡くなったときに三度その喪に臨む。士に対しては一度見舞い、一度喪に臨む。諸侯は、病気見舞いと弔問の用向き以外では、臣下の家を訪れることはない。
解説
君主が臣下の家を訪ねてよいのは、病を見舞うときと死を弔うときだけである、と定めた一段です。しかも位に応じて回数まで決められており、大夫には三度、士には一度と差がつけられています。これは冷たい格差のように見えますが、実は君主の私的な出入りを厳しく制限する規定でもあります。君主がふらりと臣下の家に立ち寄れば、特定の家臣との親密さが政治を歪めかねない。だからこそ、訪問の理由を人の生死という最も重い場面に限ったのです。裏返せば、病と死のときには必ず足を運べ、ということでもあります。私たちの職場でも、上に立つ人が私的な親しさで人を選ぶと不公平感が生まれます。一方で、部下が本当に苦しいときには立場を超えて駆けつける。公平さと人情は、この線引きによって両立します。
この章句が説くこと
見舞いと弔問君臣の距離公私のけじめ位に応じた礼
関連する章句
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礼記・雑記下諸侯人をして吊せしむるに、その次は含・襚・賵・臨、皆同日にして事を畢(お)うる者なり、その次此くの如きなり。 卿大夫疾めば、君これを問うこと算無し。士は一たびこれを問う。君、卿大夫に於いては、葬に比(およ)ぶまで肉を食わず、卒哭に比ぶまで楽を挙げず。士の為には、殯に比ぶまで楽を挙げず。
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礼記・喪大記君は大夫・世婦に於いては大斂にす。これが為に賜えば則ち小斂にす。外命婦に於いては、既に蓋を加えて君至る。士に於いては、既に殯して往く。これが為に賜えば、大斂にす。夫人は世婦に於いては、大斂にす。これが為に賜えば、小斂にす。諸妻に於いては、これが為に賜えば、大斂にす。大夫・外命婦に於いては、既に殯して往く。大夫・士既に殯して君往くには、人をしてこれに戒めしむ。主人は殷奠(いんてん)の礼を具え、門外に俟つ。馬首を見れば、先ず入りて門の右にあり、巫は門外に止まり、祝これに代わりて先んじ、君は菜を門内に釈く。祝先ず阼階より升り、墉(よう)を負いて南面す。君は阼に位に即く。小臣二人戈を執りて前に立ち、二人後に立つ。擯者進み、主人拝して稽顙す。君言を称し、祝を視て踊し、主人踊す。大夫には則ち奠して可なり。士には則ち出でて門外に俟ち、これに命じて反りて奠せしめ、乃ち反りて奠す。奠を卒うれば、主人先ず門外に俟ち、君退けば、主人門外に送り、拝して稽顙す。君は大夫の疾には、三たびこれを問い、殯に在りては、三たび往く。士の疾には、壱たびこれを問い、殯に在りては、壱たび往く。君弔すれば則ち殯服に復す。夫人大夫・士に弔すれば、主人出でて門外に迎え、馬首を見れば、先ず入りて門の右にあり。夫人入り、堂に升りて位に即く。主婦西階より降り、下に拝して稽顙す。夫人世子を視て踊す。奠は君至るの礼の如くす。夫人退けば、主婦門内に送り、拝して稽顙す。主人は大門の外に送りて拝せず。大夫、君は門外に迎えず。入りて堂下に位に即く。主人北面し、衆主人南面し、婦人は位に房中に即く。若し君命、命夫・命婦の命、四隣の賓客有れば、その君は主人に後れて拝す。君弔するには、尸柩を見て後に踊す。大夫・士、若し君戒めずして往けば、殷奠を具えず。君退けば必ず奠す。
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荀子・大略篇既に葬れば、君若しくは父の友之に食らはしむれば則ち食らふ。梁肉を辟けず、酒醴有れば則ち辞す。
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『管子』入國所謂疾を問うとは、凡そ國都に皆な掌病有り。士人に病む者有らば、掌病上の令を以て之を問う。九十以上は、日に一たび問う。八十以上は、二日に一たび問う。七十以上は、三日に一たび問う。衆庶は五日に一たび問う。疾甚だしき者は以て告げ、上身ら之を問う。掌病國中に行きて、病を問うを以て事と為す。此れを之れ病を問うと謂う。所謂窮を通ずとは、凡そ國都に皆な通窮有り。若し窮夫婦の居處無く、窮賓客の糧食を絶つ有らば、其の鄉黨に居りて、以て聞する者は賞有り、以て聞せざる者は罰有り。此れを之れ窮を通ずと謂う。所謂困を振うとは、歳凶にして、庸人訾厲し、死喪多し。刑罰を㢮め、有罪を赦し、倉粟を散じて以て之を食わしむ。此れを之れ困を振うと謂う。所謂絶を接ぐとは、士民の上の事に死し、戰事に死せる、其の知識故人をして資を上に受けて之を祠らしむ。此れを之れ絶を接ぐと謂うなり。
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