荀子 / 大略篇
聘、問也。享、獻也。私覿、私見也。
新字:聘、問也。享、献也。私覿、私見也。
書き下し
聘とは、問ふなり。享とは、献ずるなり。私覿とは、私かに見ゆるなり。
現代語訳
聘とは、使者が相手国を訪ねて安否を問うことである。享とは、礼物を献上することである。私覿とは、公式の場を離れて個人の資格で面会することである。
解説
外交儀礼で用いられる三つの言葉を、短く定義した一段です。聘は使者を送って相手の様子を問う訪問、享はその際に礼物を差し出す行為、私覿は公式行事とは別に個人として相手に会うことを指します。一見すると単なる用語集ですが、ここには公と私をはっきり区別する発想が込められています。国を代表しての訪問と、個人としての面会は、同じ人物が同じ場所で行っていても意味がまったく違う。だからこそ言葉を分け、作法を分けるのです。現代の仕事でも、会社の看板を背負った打ち合わせと、個人的な付き合いの席は分けて考える必要があります。その線引きが曖昧になると、誤解や不信の種になります。言葉を正確に使い分けることは、関係を健全に保つための第一歩です。
この章句が説くこと
聘問献上私的な面会公私の区別謙虚敬意
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