荀子 / 大略篇
平衡曰拜,下衡曰稽首,至地曰稽顙。
新字:平衡曰拝,下衡曰稽首,至地曰稽顙。
書き下し
平衡なるを拝と曰い、衡より下るを稽首と曰い、地に至るを稽顙と曰う。
現代語訳
頭を車の横木と同じ高さまで下げるのを拝といい、横木より低く下げるのを稽首といい、額を地面につけるのを稽顙という。
解説
お辞儀の深さによる呼び分けを示した一段です。頭を横木と同じ高さまで下げるのが拝、それより低く下げるのが稽首、額を地面につけるのが稽顙。同じ頭を下げる動作でも、どこまで下げるかで名前が変わり、意味も変わります。荀子の礼の特徴は、こうした度合いを細かく区別するところにあります。敬意は心の問題だと言うだけでは、相手に伝わる形になりません。だから、どの場面でどれだけ深く下げるのかを定め、心の度合いを身体の角度に翻訳したのです。現代でも、会釈と深いお辞儀では伝わるものが違い、場にふさわしくない深さは、かえって不自然に映ります。敬意は量ではなく、その場にふさわしい度合いで示すもの。所作の深浅を意識することは、相手との距離を正しく測ることでもあります。
この章句が説くこと
拝と稽首と稽顙お辞儀の深さ敬意を形にする度合いの礼敬意謙虚
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