師導古典を学びたいすべての人に

荀子 / 大略篇

親親、故故、庸庸、勞勞,仁之殺也;貴貴、尊尊、賢賢、老老、長長、義之倫也。行之得其節,禮之序也。仁、愛也,故親;義、理也,故行;禮、節也,故成。仁有里,義有門;仁、非其里而處之,非仁也;義,非其門而由之,非義也。推恩而不理,不成仁;遂理而不敢,不成義;審節而不和,不成禮;和而不發,不成樂。故曰:仁義禮樂,其致一也。君子處仁以義,然後仁也;行義以禮,然後義也;制禮反本成末,然後禮也。三者皆通,然後道也。

新字:親親、故故、庸庸、労労,仁之殺也;貴貴、尊尊、賢賢、老老、長長、義之倫也。行之得其節,礼之序也。仁、愛也,故親;義、理也,故行;礼、節也,故成。仁有里,義有門;仁、非其里而処之,非仁也;義,非其門而由之,非義也。推恩而不理,不成仁;遂理而不敢,不成義;審節而不和,不成礼;和而不発,不成楽。故曰:仁義礼楽,其致一也。君子処仁以義,然後仁也;行義以礼,然後義也;制礼反本成末,然後礼也。三者皆通,然後道也。

書き下し

親を親しみ、故きを故しみ、庸あるを庸とし、労あるを労うは、仁の殺なり。貴きを貴び、尊きを尊び、賢を賢とし、老を老とし、長を長とするは、義の倫なり。之を行いて其の節を得るは、礼の序なり。仁は愛なり、故に親しむ。義は理なり、故に行う。礼は節なり、故に成る。仁に里有り、義に門有り。仁、其の里に非ずして之に処るは、仁に非ざるなり。義、其の門に非ずして之に由るは、義に非ざるなり。恩を推して理あらざれば、仁を成さず。理を遂げて敢えざれば、義を成さず。節を審らかにして和せざれば、礼を成さず。和して発せざれば、楽を成さず。故に曰く、仁義礼楽は、其の致 一なりと。君子は仁に処るに義を以てし、然る後に仁なり。義を行うに礼を以てし、然る後に義なり。礼を制するに本に反り末を成し、然る後に礼なり。三者 皆な通じ、然る後に道なり。

現代語訳

肉親を親しみ、古いなじみを大切にし、功労のある者を用い、労苦した者をねぎらう。これが仁に段階の差をつけるやり方である。地位の高い者を貴び、尊ぶべき者を尊び、賢者を賢者として遇し、老人を老人として敬い、年長者を年長者として立てる。これが義の筋道である。それらを行って適切な度合いを得るのが、礼の秩序である。仁とは愛であり、だから人を親しむ。義とは道理であり、だから実行する。礼とは節度であり、だから物事が完成する。仁には住むべき里があり、義には通るべき門がある。その里でないところに身を置くのは仁ではなく、その門でないところを通るのは義ではない。恵みを押し広げても道理がなければ仁は成らず、道理を貫いても思い切って行わなければ義は成らず、節度を明らかにしても和がなければ礼は成らず、和があってもそれが表れ出なければ楽は成らない。だから言う、仁と義と礼と楽は、行き着くところは一つだと。君子は義によって仁に身を置き、そうしてはじめて仁となる。礼によって義を行い、そうしてはじめて義となる。礼を定めるには根本に立ち返って末端を整え、そうしてはじめて礼となる。この三つがすべて通じてこそ、道なのである。

解説

仁・義・礼・楽の関係を体系的に述べた、大略篇の中でも骨格となる一段です。仁は愛であり、親しい者から順に厚くなる段階の差を持つ。義は道理であり、貴い者や賢い者を然るべく遇する筋道を示す。礼は節度であり、それらを実際に行うときの度合いを整えて完成させる。荀子はさらに、仁には住むべき里があり、義には通るべき門があると言います。場所を誤った善意は仁ではなく、筋道を外れた実行は義ではない、という厳しい指摘です。恵みを広げても道理がなければ仁にならず、道理がわかっても踏み出さなければ義にならず、節度を知っても和がなければ礼にならない。どれか一つだけでは足りず、四つが通じてはじめて道になるというのが結論です。私たちの行動も、優しさ、筋の通し方、加減、そして周囲との調和のどれかが欠けると、どこかで空回りします。四つを揃えて初めて力になるのです。

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ