荀子 / 大略篇
五十不成喪,七十唯衰存。
書き下し
五十は喪を成さず、七十は唯だ衰のみ存す。
現代語訳
五十歳の者は喪の作法をすべて尽くさなくてよく、七十歳の者はただ喪服を身につけているだけでよい。
解説
喪の礼を、年齢に応じて軽くしてよいと定めた一段です。五十歳になった者は喪のすべての作法を尽くさなくてよく、七十歳になれば喪服を身につけているだけでよい。喪の礼は粗食や質素な住まいなど身体に負担のかかるものを含んでいましたから、年を重ねた者にそれを課せば、命を損なうことにもなりかねません。礼は形を守らせるためにあるのではなく、生きている人を養うためにあります。だからこそ、守れないほど過酷な形は最初から求めない。ここには、荀子の礼が硬直した規則ではなく、人の実情に合わせて幅を持つものだという考えがよく表れています。私たちの職場や家庭の決まりごとも同じで、誰にでも一律に同じ負荷を求めるのではなく、事情に応じて調整する余地を持たせておくことが、決まりを生かすことにつながります。
この章句が説くこと
五十は喪を成さず年齢と礼の調整生者を養う礼規則の幅
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