荀子 / 正名篇
後王之成名:刑名從商,爵名從周,文名從禮,散名之加於萬物者,則從諸夏之成俗曲期,遠方異俗之鄉,則因之而為通。
新字:後王之成名:刑名従商,爵名従周,文名従礼,散名之加於万物者,則従諸夏之成俗曲期,遠方異俗之郷,則因之而為通。
書き下し
後王の名を成すや、刑名は商に従い、爵名は周に従い、文名は礼に従う。散名の万物に加うる者は、則ち諸夏の成俗曲期に従い、遠方異俗の郷は、則ち之に因りて通を為す。
現代語訳
後代の王が名称を定めるにあたっては、刑罰の名称は殷(商)の制度に従い、爵位の名称は周の制度に従い、儀礼や制度の名称は礼の規定に従った。万物につけるこまごまとした名称は、中華の諸国で慣習として定着し、取り決められてきた呼び方に従い、遠方の風俗の異なる地方については、その土地の呼び方によって意思を通じ合わせるようにした。
解説
正名篇の冒頭で、名称というものは誰かが勝手に思いつくものではなく、歴史の中で受け継がれ、共有されてきたものだと述べる段です。荀子は、刑罰の名は殷、爵位の名は周、儀礼の名は礼というように、それぞれ実績のある先例を引き継ぎ、日常の物の名前は人々の間で自然に定着した慣習に従うのがよいと言います。名(ことば)は約束事ですから、その約束が共有されていなければ社会は動きません。仕事でも、社内用語や商品名、役職名を思いつきで変えると現場が混乱します。まず既存の呼び名の由来と定着度を尊重し、相手の土地や部署の言い方に合わせて通じさせる。荀子の言語観は、そのまま今日のコミュニケーションの基本になります。
この章句が説くこと
名を正す後王の成名言葉の約束慣習正名
関連する章句
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荀子・正名篇名に固宜無し、之を約して以て命づく。約定まり俗成る、之を宜と謂い、約に異なれば則ち之を不宜と謂う。名に固実無し、之を約して以て実に命づく。約定まり俗成る、之を実名と謂う。名に固善有り、径易にして拂らざる、之を善名と謂う。
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荀子・正名篇故に王者の名を制するや、名定まりて実弁じ、道行われて志通ず、則ち慎みて民を率いて焉を一にす。故に辞を析ち擅に名を作り、以て正名を乱し、民をして疑惑せしめ、人をして辨訟多からしむるは、則ち之を大姦と謂う。其の罪は猶お符節度量を偽るの罪のごときなり。故に其の民は敢えて託して奇辞を為し以て正名を乱すもの莫し、故に其の民は愨なり。愨なれば則ち使い易く、使い易ければ則ち功あり。其の民敢えて託して奇辞を為し以て正名を乱すもの莫し、故に道法に壹にして、令に循うに謹めり。是くの如くんば則ち其の跡は長し。跡長く功成るは、治の極なり。是れ名約を守るに謹むの功なり。今聖王没し、名守慢み、奇辞起こり、名実乱れ、是非の形明らかならざれば、則ち法を守るの吏、数を誦するの儒と雖も、亦た皆な乱る。若し王者の起こる有らば、必ず将に旧名に循う有り、新名を作す有らんとす。然らば則ち名有る所以と、縁りて以て同異する所と、名を制するの枢要とは、察せざるべからざるなり。
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荀子・正名篇然る後に随いて之に命づく。同じければ則ち之を同じくし、異なれば則ち之を異にす。単にして以て喩すに足れば則ち単にし、単にして以て喩すに足らざれば則ち兼ぬ。単と兼と相避くる所無ければ則ち共にす。共にすと雖も害を為さざるなり。実を異にする者は其の名を異にするを知る、故に実を異にする者をして名を異にせざる莫からしむ。乱るべからざるなり、猶お実を同じくする者をして名を同じくせざる莫からしむるがごとし。
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荀子・正名篇異形にして心を離れて交々喩り、異物にして名実玄紐たり、貴賤明らかならず、同異別たれず。是くの如くんば、則ち志に必ず喩らざるの患い有り、而して事に必ず困廃の禍い有り。故に知者は之が為に分別し名を制して以て実を指し、上は以て貴賤を明らかにし、下は以て同異を弁ず。貴賤明らかに、同異別たれ、是くの如くんば則ち志に喩らざるの患い無く、事に困廃の禍い無し。此れ名有る所以なり。
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荀子・正名篇凡そ邪説辟言の正道を離れて擅に作る者は、三惑に類せざるもの無し。故に明君は其の分を知りて之と辨ぜざるなり。夫れ民は一にするに道を以てし易くして、与に故を共にすべからず。故に明君は之に臨むに勢を以てし、之を道びくに道を以てし、之を申ぬるに命を以てし、之を章かにするに論を以てし、之を禁ずるに刑を以てす。故に其の民の道に化するや神の如し、辨埶悪くんぞ用いんや。今聖王没し、天下乱れ、姦言起こり、君子に之に臨むの埶無く、之を禁ずるの刑無し、故に辨説あるなり。実喩らず、然る後に命じ、命じて喩らず、然る後に期し、期して喩らず、然る後に説き、説きて喩らず、然る後に辨ず。故に期・命・辨・説なる者は、用の大文にして、王業の始めなり。名聞こえて実喩るは、名の用なり。累ねて文を成すは、名の麗なり。用と麗と倶に得る、之を名を知ると謂う。名なる者は、実を期し累ぬる所以なり。辞なる者は、異実の名を兼ねて以て一意を論ずるなり。辨説なる者は、実名を異にせずして以て動静の道を喩すなり。期命なる者は、辨説の用なり。辨説なる者は、心の道を象るなり。心なる者は、道の工宰なり。道なる者は、治の経理なり。心は道に合し、説は心に合し、辞は説に合す。名を正して期し、質請にして喩り、異を辨じて過たず、類を推して悖らず。聴けば則ち文に合し、辨ずれば則ち故を尽くす。正道を以て姦を辨ずるは、猶お縄を引きて曲直を持するがごとし。是の故に邪説も乱すこと能わず、百家も竄るる所無し。兼聴の明有りて、矜奮の容無く、兼覆の厚有りて、伐徳の色無し。説行わるれば則ち天下正しく、説行われざれば則ち道を白らかにして冥窮す。是れ聖人の辨説なり。詩に曰く、「顒顒卬卬たり、圭の如く璋の如し、令聞令望あり、豈弟たる君子は、四方の綱と為る」と。此れ之を謂うなり。
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荀子・正名篇故に万物衆しと雖も、時有りて之を挙ぐること無からんと欲す、故に之を物と謂う。物なる者は、大共名なり。推して之を共にし、共にすれば則ち共なる有り、共なること無きに至りて然る後に止む。時有りて之を徧く挙げんと欲す、故に之を鳥獣と謂う。鳥獣なる者は、大別名なり。推して之を別ち、別てば則ち別なる有り、別なること無きに至りて然る後に止む。
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