荀子 / 解蔽篇
周而成,泄而敗,明君無之有也。宣而成,隱而敗,闇君無之有也。故人君者,周則讒言至矣,直言反矣;小人邇而君子遠矣!《詩》云:「墨以為明,狐狸而蒼。」此言上幽而下險也。君人者,宣則直言至矣,而讒言反矣;君子邇而小人遠矣!《詩》云:「明明在下,赫赫在上。」此言上明而下化也。
新字:周而成,泄而敗,明君無之有也。宣而成,隠而敗,闇君無之有也。故人君者,周則讒言至矣,直言反矣;小人邇而君子遠矣!《詩》云:「墨以為明,狐狸而蒼。」此言上幽而下険也。君人者,宣則直言至矣,而讒言反矣;君子邇而小人遠矣!《詩》云:「明明在下,赫赫在上。」此言上明而下化也。
書き下し
周にして成り、泄れて敗るるは、明君には之れ有る無きなり。宣にして成り、隠れて敗るるは、闇君には之れ有る無きなり。故に人君たる者、周なれば則ち讒言至り、直言反る。小人は邇づきて君子は遠ざかる。詩に云く、墨きを以て明と為し、狐狸にして蒼し、と。此れ上幽くして下険しきを言うなり。人に君たる者、宣なれば則ち直言至り、而して讒言反る。君子は邇づきて小人は遠ざかる。詩に云く、明明として下に在り、赫赫として上に在り、と。此れ上明らかにして下化するを言うなり。
現代語訳
秘密にすることで事が成り、漏れることで失敗する——明君には、そういうことはない。公開することで事が成り、隠すことで失敗する——暗君には、そういうことはない。だから、君主たる者が物事を秘密にすれば、讒言ばかりが届き、率直な言葉は引き返してしまう。小人が近づき、君子は遠ざかる。詩に「黒いものを明るいと言い、狐や狸を蒼いと言う」とあるのは、上に立つ者が暗いために、下の者が険しく歪むことをいうのである。君主たる者が物事を明らかに公開すれば、率直な言葉が届き、讒言のほうが引き返す。君子が近づき、小人は遠ざかる。詩に「明るく明るく下に照らし、赫々と輝いて上に在る」とあるのは、上に立つ者が明らかであれば、下の者が感化されることをいうのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
荀子・正論篇世俗の説を為す者曰く、主道は周なるに利あり、と。是れ然らず。主なる者は民の唱なり、上なる者は下の儀なり。彼将に唱を聴きて応じ、儀を視て動かんとす。唱黙すれば則ち民応ずる無く、儀隠るれば則ち下動く無し。応ぜず動かざれば、則ち上下相い有つ所以無きなり。是くの若くんば、則ち上無きと同じ。不祥焉より大なるは莫し。故に上なる者は下の本なり。上宣明なれば則ち下治辨なり、上端誠なれば則ち下愿愨なり、上公正なれば則ち下易直なり。治辨なれば則ち一にし易く、愿愨なれば則ち使い易く、易直なれば則ち知り易し。一にし易ければ則ち彊く、使い易ければ則ち功あり、知り易ければ則ち明らかなり。是れ治の由りて生ずる所なり。上周密なれば則ち下疑玄たり、上幽険なれば則ち下漸詐たり、上偏曲なれば則ち下比周たり。疑玄なれば則ち一にし難く、漸詐なれば則ち使い難く、比周なれば則ち知り難し。一にし難ければ則ち彊からず、使い難ければ則ち功あらず、知り難ければ則ち明らかならず。是れ乱の由りて作る所なり。故に主道は明に利ありて幽に利あらず、宣に利ありて周に利あらず。故に主道明らかなれば則ち下安く、主道幽なれば則ち下危うし。故に下安ければ則ち上を貴び、下危うければ則ち上を賤しむ。故に上知り易ければ則ち下上に親しみ、上知り難ければ則ち下上を畏る。下上に親しめば則ち上安く、下上を畏るれば則ち上危うし。故に主道は知り難きより悪しきは莫く、下をして己を畏れしむるより危うきは莫し。伝に曰く、之を悪む者衆ければ則ち危うし、と。書に曰く、克く明徳を明らかにす、と。詩に曰く、明明として下に在り、と。故に先王は之を明らかにせり、豈に特だ之を玄くせんや。
-
荀子・解蔽篇凡そ人の患いは、一曲に蔽われて、大理に闇きことなり。治まれば則ち経に復り、両つながら疑えば則ち惑う。天下に二道無く、聖人に両心無し。今、諸侯は政を異にし、百家は説を異にす。則ち必ず或いは是、或いは非、或いは治、或いは乱なり。乱国の君、乱家の人、此れ其の誠心、正を求めて以て自ら為さんとせざるは莫きなり。道に妒繆して、人其の迨ぶ所に誘わる。其の積む所を私して、唯だ其の悪を聞かんことを恐る。其の私する所に倚りて、以て異術を観て、唯だ其の美を聞かんことを恐る。是を以て治とは背き走ると雖も、而も己を是とすること輟めざるなり。豈に一曲に蔽われて、正しき求めを失うに非ずや。心、焉に使わずんば、則ち白黒前に在れども目は見えず、雷鼓側に在れども耳は聞こえず、況んや使う者に於いてをや。徳道の人は、乱国の君は之を上に非とし、乱家の人は之を下に非とす。豈に哀しからずや。
-
荀子・致士篇衡聴・顕幽・重明・退姦・進良の術。朋党比周の誉は、君子は聴かず。残賊加累の譖は、君子は用いず。隠忌雍蔽の人は、君子は近づけず。貨財禽犢の請は、君子は許さず。凡そ流言・流説・流事・流謀・流誉・流愬の、官せずして衡ちに至る者は、君子は之を慎み、聞き聴きて之を明らかに誉め、其の当を定めて当たり、然る後に其の刑賞を士して之に還し与う。是くの如くなれば則ち姦言・姦説・姦事・姦謀・姦誉・姦愬、之を試むる莫きなり。忠言・忠説・忠事・忠謀・忠誉・忠愬、明通せざる莫く、方に起こりて以て尚だ尽くさん。夫れ是れを之れ衡聴・顕幽・退姦・進良の術と謂う。
-
『潜夫論』明暗夫れ朝臣は統理する所以なるも、比周多ければ則ち乱る。賢人は己を奉ずる所以なるも、隠遁して野に伏す。則ち君孤にして能く存する者は、未だ之れ嘗て有らず。是の故に明君は位に衆を置き、務めて下言を以て外に昭らかにし、卑賤を敬納して以て賢を誘う。其の言を距む無きは、未だ必ずしも言う者の尽く用うべきにあらず。其の賤を慢る無きは、未だ必ずしも其の人尽く賢なるにあらず。乃ち不肖を慢りて賢の望みを絶つを懼るるなり。是の故に聖王は小を責めて以て大を厲まし、鄙を賞して以て賢を招く、然る後に良士朝に集まり、下情君に達す。故に上に遺失の策無く、官に乱法の臣無し、此れ君民の利する所にして、奸佞の患うる所なり。昔張禄一たび見えて穣侯免ぜられ、袁絲説を進めて周勃黜けらる。是を以て当塗の人は、恒に正直の士を嫉み、一介の言を君に得て、以て其の邪を矯さんとす。故に偽辞を飾りて以て主の心を彰し、下に威権を設けて以て士民を固む。
-
荀子・解蔽篇昔、人臣の蔽われし者は、唐鞅・奚斉是れなり。唐鞅は権を欲するに蔽われて載子を逐い、奚斉は国を欲するに蔽われて申生を罪す。唐鞅は宋に戮せられ、奚斉は晋に戮せらる。賢相を逐いて孝兄を罪し、身は刑戮せらる。然り而して知らず。此れ蔽塞の禍なり。故に貪鄙・背叛・争権を以てして、危辱滅亡せざる者は、古より今に及ぶまで、未だ嘗て之れ有らざるなり。鮑叔・甯戚・隰朋は仁知にして且つ蔽われず、故に能く管仲を持し、名利福禄は管仲と斉し。召公・呂望は仁知にして且つ蔽われず、故に能く周公を持し、名利福禄は周公と斉し。伝に曰く、賢を知るを之れ明と為し、賢を輔くるを之れ能と謂う。之を勉め之を彊むれば、其の福は必ず長し、と。此れを之れ謂うなり。此れ蔽われざるの福なり。
-
『淮南子』主術訓夫れ人主の情、海內の智を總べ、眾人の力を盡くさんと欲せざる莫し。然れども群臣の志を達し忠を效す者、其の身を困しめざるは希なり。之を言いて是ならしむれば、褐夫芻蕘に在りと雖も、猶お棄つ可からざるなり。之を言いて非ならしむれば、卿相人君に在り、策を廟堂の上に揄ぐと雖も、未だ必ずしも用う可からず。是非の在る所は、貴賤尊卑を以て論ず可からざるなり。是れ明主の群臣に聽くや、其の計 乃ち用う可くんば、其の位を羞じず。其の言 行う可くんば、其の辯を責めず。暗主は則ち然らず。愛習親近する所の者は、邪枉不正なりと雖も、見る能わざるなり。疏遠卑賤なる者は、力を竭くし忠を盡くすも、知る能わざるなり。言う者有れば之を窮むるに辭を以てし、諫むる者有れば之を誅するに罪を以てす。此くのごとくにして海內を照らし、萬方を存せんと欲するは、是れ猶お耳を塞ぎて清濁を聽き、目を掩いて青黃を視るがごとし。其の聰明を離るること則ち亦た遠し。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る