荀子 / 解蔽篇
何謂衡?曰:道。故心不可以不知道;心不知道,則不可道,而可非道。人孰欲得恣,而守其所不可,以禁其所可?以其不可道之心取人,則必合於不道人,而不合於道人。以其不可道之心與不道人論道人,亂之本也。夫何以知?曰:心知道,然後可道;可道然後守道以禁非道。以其可道之心取人,則合於道人,而不合於不道之人矣。以其可道之心與道人論非道,治之要也。何患不知?故治之要在於知道。
新字:何謂衡?曰:道。故心不可以不知道;心不知道,則不可道,而可非道。人孰欲得恣,而守其所不可,以禁其所可?以其不可道之心取人,則必合於不道人,而不合於道人。以其不可道之心与不道人論道人,乱之本也。夫何以知?曰:心知道,然後可道;可道然後守道以禁非道。以其可道之心取人,則合於道人,而不合於不道之人矣。以其可道之心与道人論非道,治之要也。何患不知?故治之要在於知道。
書き下し
何をか衡と謂う。曰く、道なり。故に心は以て道を知らざるべからず。心、道を知らざれば、則ち道を可とせずして、道に非ざるを可とす。人、孰か恣ならんことを得んと欲して、其の可とせざる所を守りて、以て其の可とする所を禁ぜんや。其の道を可とせざるの心を以て人を取らば、則ち必ず道ならざる人に合いて、道ある人に合わず。其の道を可とせざるの心を以て、道ならざる人と道ある人を論ずるは、乱の本なり。夫れ何を以て知る。曰く、心、道を知り、然る後に道を可とす。道を可として然る後に道を守りて以て道に非ざるを禁ず。其の道を可とするの心を以て人を取らば、則ち道ある人に合いて、道ならざるの人に合わず。其の道を可とするの心を以て、道ある人と道に非ざるを論ずるは、治の要なり。何ぞ知らざるを患えんや。故に治の要は道を知るに在り。
現代語訳
では、その秤とは何か。答えていう、道である。だから心は、道を知らないままであってはならない。心が道を知らなければ、道を良しとせず、道でないものを良しとしてしまう。いったい誰が、思いのままにふるまいたいと願いながら、自分が良しとしないものを守り、自分が良しとするものを禁じたりするだろうか。道を良しとしない心で人を選べば、必ず道にはずれた人と気が合い、道にかなった人とは気が合わない。その道を良しとしない心で、道にはずれた人と一緒に、道にかなった人を論じる。これこそ乱れのもとである。ではどうすれば正しく知れるのか。答えていう、心が道を知り、そのうえで道を良しとする。道を良しとしたうえで道を守り、道でないものを禁じるのだ。その道を良しとする心で人を選べば、道にかなった人と気が合い、道にはずれた人とは気が合わなくなる。その道を良しとする心で、道にかなった人と一緒に、道でないものを論じる。これこそ治まりのかなめである。それなら、正しく知れないことを何も心配することはない。だから、治まりのかなめは、道を知ることにあるのである。