荀子 / 礼論篇
然則何以分之?曰:至親以期斷。是何也?曰:天地則已易矣,四時則已無矣,其在宇中者莫不更始矣,故先王案以此象之也。然則三年何也?曰:加隆焉,案使倍之,故再期也。由九月以下何也?曰:案使不及也。
新字:然則何以分之?曰:至親以期断。是何也?曰:天地則已易矣,四時則已無矣,其在宇中者莫不更始矣,故先王案以此象之也。然則三年何也?曰:加隆焉,案使倍之,故再期也。由九月以下何也?曰:案使不及也。
書き下し
然らば則ち何を以て之を分かたんか。曰く、至親は期を以て断つ。是れ何ぞや。曰く、天地は則ち已に易はり、四時は則ち已に無く、其の宇中に在る者は更始せざるは莫し。故に先王案ち此れを以て之に象るなり。然らば則ち三年とは何ぞや。曰く、隆を加へ、案ち之を倍せしむ。故に再期なり。九月より以下は何ぞや。曰く、案ち及ばざらしむるなり。
現代語訳
では、その区切りをどのようにつけるのか。最も近い肉親については、一年をもって区切りとする。なぜか。一年たてば天地はひとめぐりして改まり、四季は一巡して尽き、この世界にあるものはすべて新たに始まる。だから先王は、この一年になぞらえて喪の区切りを定めたのである。ではなぜ三年なのか。それは厚みを加え、一年を倍にしたからである。だから満二年となる。では九か月以下のものはどうか。それは一年に届かない長さにして、軽くしたのである。
解説
喪の期間をどう決めるのか、その根拠を示した段です。基準になるのは一年です。一年たてば天地はひとめぐりし、四季は尽き、すべてが新たに始まる。この自然の一巡になぞらえて、最も近い肉親の喪を一年としたと言います。そのうえで、とりわけ重い場合は厚みを加えて倍にし、満二年、すなわち三年の喪と呼びます。逆に関係が遠ければ九か月以下と短くして軽くする。ここには荀子の一貫した発想があります。制度は思いつきで作るものではなく、自然の周期という誰にでも分かるものさしを土台に置き、そこへ人の情の重さを加減して組み立てるという設計です。私たちが期限や区切りを決めるときにも応用できます。まず誰もが納得できる自然な単位を据え、そのうえで重要度に応じて長短をつける。根拠のある区切りは、人を納得させる力を持ちます。
この章句が説くこと
至親は期を以て断つ一年という単位三年の喪制度の設計
関連する章句
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荀子・礼論篇故に三年を以て隆と為し、緦麻・小功を以て殺と為し、期・九月を以て間と為す。上は象を天に取り、下は象を地に取り、中は則を人に取る。人の群居和一する所以の理、尽くせり。故に三年の喪は、人道の至文なる者なり。夫れ是れを至隆と謂ふ。是れ百王の同じき所なり、古今の一なる所なり。
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荀子・礼論篇創の巨なる者は其の日久しく、痛の甚だしき者は其の癒ゆること遅し。三年の喪は、情に称ひて文を立て、至痛を極むと為す所以なり。斉衰・苴杖・居廬・食粥・席薪・枕塊は、至痛を飾ると為す所以なり。三年の喪は、二十五月にして畢はる。哀痛未だ尽きず、思慕未だ忘れざるも、然れども礼の是を以て之を断つ者は、豈に死を送るに已むこと有り、生に復するに節有るを以てにあらずや。
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礼記・三年問然らば則ち何を以て期に至るや。曰く、至親は期を以て断つ。是れ何ぞや。曰く、天地は則ち已に易(か)わり、四時は則ち已に変ず。其の天地の中に在る者、更始せざるは莫し。是を以て之に象るなり。然らば則ち何を以て三年なるや。曰く、隆を加うるのみ。焉(これ)をして之を倍せしむ、故に再期なり。九月由(よ)り以下は何ぞや。曰く、焉をして及ばざらしむるなり。故に三年以て隆と為し、緦・小功以て殺(さい)と為し、期・九月以て間と為す。上は象を天に取り、下は法を地に取り、中は則を人に取る。人の群居和一する所以の理尽くせり。故に三年の喪は、人道の至文なる者なり。夫れ是を之れ至隆と謂う。是れ百王の同じくする所、古今の一にする所なり。未だ其の由りて来たる所を知る者有らざるなり。孔子曰く、「子生まれて三年、然る後に父母の懐を免る」と。夫れ三年の喪は、天下の達喪なり。
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荀子・礼論篇三年の喪とは、何ぞや。曰く、情に称ひて文を立て、因りて以て群を飾り、親疎貴賎の節を別ちて、益損すべからざるなり。故に曰く、適く無く易へざるの術なり、と。
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荀子・礼論篇三月の殯とは、何ぞや。曰く、之を大とするなり、之を重んずるなり。隆きを致す所なり、親しきを致す所なり。将に之を挙措し、之を遷徙し、宮室を離れて丘陵に帰らしめんとす。先王は其の文ならざるを恐る。是を以て其の期を繇べ、之が日を足すなり。故に天子は七月、諸侯は五月、大夫は三月なり。皆な其の須つをして事を容るるに足らしめ、事は成るを容るるに足らしめ、成は文を容るるに足らしめ、文は備はるを容るるに足らしむ。曲さに備物を容るる、之を道と謂ふ。
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礼記・三年問三年の喪は何ぞや。曰く、情に称(かな)いて文を立て、因りて以て群を飾り、親疏貴賤の節を別かちて、損益すべからざるなり。故に曰く、易うること無きの道なり、と。創(きず)鉅(おお)いなる者は其の日久しく、痛み甚だしき者は其の愈(い)ゆること遅し。三年とは、情に称いて文を立て、至痛の極みを為す所以なり。斬衰苴杖(しょじょう)し、倚廬に居り、粥を食らい、苫に寝ね塊を枕とするは、至痛の飾りを為す所以なり。三年の喪は、二十五月にして畢(お)わる。哀痛未だ尽きず、思慕未だ忘れず、然り而して服は是を以て之を断つは、豈に死を送るに已(や)むこと有り、生に復るに節有るにあらずや。凡そ天地の間に生ずる者、血気有るの属は、必ず知有り。知有るの属は、其の類を愛するを知らざる莫し。今是れ大鳥獣は、則ち其の群匹を失喪すれば、月を越え時を逾(こ)えて、則ち必ず反り巡り、其の故郷を過ぎり、翔回し、鳴号し、蹢躅(てきちょく)し、踟躕(ちちゅ)して、然る後に乃ち能く之を去る。小なる者は燕雀に至るまで、猶お啁噍(ちょうしょう)の頃有り。然る後に乃ち能く之を去る。故に血気有るの属は、人より知なるは莫し。故に人の其の親に於けるや、死に至るまで窮まらず。将(は)た夫(か)の患邪淫の人に由らんか、則ち彼は朝に死して夕べに之を忘る。然り而して之に従わば、則ち是れ曾(すなわ)ち鳥獣に之れ若かざるなり。夫れ焉(いずく)んぞ能く相与に群居して乱れざらんや。将た夫の修飾の君子に由らんか、則ち三年の喪、二十五月にして畢わること、駟の隙を過ぐるが若し。然り而して之を遂げしめば、則ち是れ窮まり無きなり。故に先王焉(これ)が為に中を立て節を制し、一に以て文理を成すに足らしむれば、則ち之を釈(す)てしむ。
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