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荀子 / 礼論篇

將由夫愚陋淫邪之人與,則彼朝死而夕忘之;然而縱之,則是曾鳥獸之不若也,彼安能相與群居而無亂乎!將由夫脩飾之君子與,則三年之喪,二十五月而畢,若駟之過隙,然而遂之,則是無窮也。故先王聖人安為之立中制節,一使足以成文理,則舍之矣。

新字:将由夫愚陋淫邪之人与,則彼朝死而夕忘之;然而縦之,則是曽鳥獣之不若也,彼安能相与群居而無乱乎!将由夫脩飾之君子与,則三年之喪,二十五月而畢,若駟之過隙,然而遂之,則是無窮也。故先王聖人安為之立中制節,一使足以成文理,則舎之矣。

書き下し

将た夫の愚陋淫邪の人に由らんか、則ち彼は朝に死して夕べに之を忘る。然り而して之を縦にせば、則ち是れ曾ち鳥獣にも若かず。彼れ安くんぞ能く相ひ与に群居して乱るること無からんや。将た夫の脩飾の君子に由らんか、則ち三年の喪、二十五月にして畢はるは、駟の隙を過ぐるが若し。然り而して之を遂げしめば、則ち是れ窮まり無からん。故に先王聖人は案ち為に之が中を立てて節を制し、一たび以て文理を成すに足らしむれば、則ち之を舎くなり。

現代語訳

愚かで卑しく、みだりな人間に任せるとしよう。彼らは朝に人が死ねば、夕方にはもう忘れてしまう。そのまま放っておけば、鳥や獣にも及ばない。そんな者たちが、どうして共に群れて暮らし、乱れずにいられようか。では、身を修めた君子に任せるとしよう。彼らにとって、三年の喪が二十五か月で終わるのは、四頭立ての馬車が戸のすきまを走り過ぎるほど、あっという間である。そのまま思いのままにさせれば、際限がなくなってしまう。だから先王や聖人は、その中間に基準を立てて区切りを定め、ひとたび形として整うところまで行けば、そこで止めることにしたのである。

解説

基準はなぜ必要なのかを、鮮やかに示した段です。荀子は二つの極端を並べます。一方には、朝に人が死ねば夕方には忘れてしまう人々。放っておけば鳥獣にも及ばず、社会は乱れます。もう一方には、身を修めた君子。彼らにとって二十五か月は一瞬で、放っておけば悲しみに際限がなくなります。薄すぎる情と、深すぎる情。どちらもそのままでは立ちゆきません。だから先王は中間に基準を立て、形として整うところまで行ったら、そこで止めることにした。これが荀子の言う制度の役割です。人の感情は放っておけば軽すぎるか重すぎるかに振れる、という現実的な人間観が土台にあります。組織のルールも同じで、熱心な人にも無頓着な人にも同じ枠を用意するのは、全体が無理なく回るようにするためです。基準とは人を縛るためではなく、続けられるようにするための線引きなのです。

この一句を、あなたの毎日に。

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