荀子 / 礼論篇
三年之喪,何也?曰:稱情而立文,因以飾群,別親疏貴賤之節,而不可益損也。故曰:無適不易之術也。
新字:三年之喪,何也?曰:称情而立文,因以飾群,別親疏貴賤之節,而不可益損也。故曰:無適不易之術也。
書き下し
三年の喪とは、何ぞや。曰く、情に称ひて文を立て、因りて以て群を飾り、親疎貴賎の節を別ちて、益損すべからざるなり。故に曰く、適く無く易へざるの術なり、と。
現代語訳
三年の喪とは何か。それは、人の自然な情に見合った形を立て、それによって人々の集まりを整え、親しさと遠さ、身分の高下の区切りを明らかにするものであって、勝手に増やすことも減らすこともできない。だからこう言うのである。どこへ行っても変えようのない、普遍のやり方である、と。
解説
三年の喪という儒家の代表的な作法について、その根拠を短く示した段です。荀子の答えは明快で、これは人の情に見合った形だ、というものです。悲しみという自然な感情を無理に押し殺すのでもなく、際限なく引き延ばすのでもなく、その大きさにちょうど見合う長さと形を与える。しかもそれは個人の内面だけの問題ではありません。喪の形を通じて、親しい人と遠い人、立場の重い人と軽い人の区別が目に見えるようになり、人の集まり全体が整うと言います。だから勝手に足したり減らしたりできず、どこでも変わらない基準になるのだ、というわけです。私たちの職場や家庭にも、慶弔や送り出しの決まりごとがあります。それを形式主義と切り捨てるのは簡単ですが、その形が人の気持ちの大きさに見合っているかどうかを問い直すのが、荀子の視点です。
この章句が説くこと
三年の喪情に称いて文を立つ親疎貴賎形式の意味
関連する章句
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荀子・礼論篇故に三年を以て隆と為し、緦麻・小功を以て殺と為し、期・九月を以て間と為す。上は象を天に取り、下は象を地に取り、中は則を人に取る。人の群居和一する所以の理、尽くせり。故に三年の喪は、人道の至文なる者なり。夫れ是れを至隆と謂ふ。是れ百王の同じき所なり、古今の一なる所なり。
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荀子・礼論篇創の巨なる者は其の日久しく、痛の甚だしき者は其の癒ゆること遅し。三年の喪は、情に称ひて文を立て、至痛を極むと為す所以なり。斉衰・苴杖・居廬・食粥・席薪・枕塊は、至痛を飾ると為す所以なり。三年の喪は、二十五月にして畢はる。哀痛未だ尽きず、思慕未だ忘れざるも、然れども礼の是を以て之を断つ者は、豈に死を送るに已むこと有り、生に復するに節有るを以てにあらずや。
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荀子・礼論篇喪礼の凡そは、変じて飾り、動きて遠ざかり、久しくして平らかなり。故に死の道たるや、飾らざれば則ち悪し、悪ければ則ち哀しまず。尒ければ則ち翫り、翫れば則ち厭き、厭けば則ち忘れ、忘るれば則ち敬せず。一朝にして其の厳親を喪ひて、而も之を送葬する所以の者、哀しまず敬せざれば、則ち禽獣に嫌たり。君子は之を恥づ。故に変じて飾るは、悪を滅する所以なり。動きて遠ざかるは、敬を遂ぐる所以なり。久しくして平らかなるは、生を優んずる所以なり。
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荀子・礼論篇然らば則ち何を以て之を分かたんか。曰く、至親は期を以て断つ。是れ何ぞや。曰く、天地は則ち已に易はり、四時は則ち已に無く、其の宇中に在る者は更始せざるは莫し。故に先王案ち此れを以て之に象るなり。然らば則ち三年とは何ぞや。曰く、隆を加へ、案ち之を倍せしむ。故に再期なり。九月より以下は何ぞや。曰く、案ち及ばざらしむるなり。
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礼記・三年問三年の喪は何ぞや。曰く、情に称(かな)いて文を立て、因りて以て群を飾り、親疏貴賤の節を別かちて、損益すべからざるなり。故に曰く、易うること無きの道なり、と。創(きず)鉅(おお)いなる者は其の日久しく、痛み甚だしき者は其の愈(い)ゆること遅し。三年とは、情に称いて文を立て、至痛の極みを為す所以なり。斬衰苴杖(しょじょう)し、倚廬に居り、粥を食らい、苫に寝ね塊を枕とするは、至痛の飾りを為す所以なり。三年の喪は、二十五月にして畢(お)わる。哀痛未だ尽きず、思慕未だ忘れず、然り而して服は是を以て之を断つは、豈に死を送るに已(や)むこと有り、生に復るに節有るにあらずや。凡そ天地の間に生ずる者、血気有るの属は、必ず知有り。知有るの属は、其の類を愛するを知らざる莫し。今是れ大鳥獣は、則ち其の群匹を失喪すれば、月を越え時を逾(こ)えて、則ち必ず反り巡り、其の故郷を過ぎり、翔回し、鳴号し、蹢躅(てきちょく)し、踟躕(ちちゅ)して、然る後に乃ち能く之を去る。小なる者は燕雀に至るまで、猶お啁噍(ちょうしょう)の頃有り。然る後に乃ち能く之を去る。故に血気有るの属は、人より知なるは莫し。故に人の其の親に於けるや、死に至るまで窮まらず。将(は)た夫(か)の患邪淫の人に由らんか、則ち彼は朝に死して夕べに之を忘る。然り而して之に従わば、則ち是れ曾(すなわ)ち鳥獣に之れ若かざるなり。夫れ焉(いずく)んぞ能く相与に群居して乱れざらんや。将た夫の修飾の君子に由らんか、則ち三年の喪、二十五月にして畢わること、駟の隙を過ぐるが若し。然り而して之を遂げしめば、則ち是れ窮まり無きなり。故に先王焉(これ)が為に中を立て節を制し、一に以て文理を成すに足らしむれば、則ち之を釈(す)てしむ。
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荀子・礼論篇礼なる者は、吉凶の相ひ厭さざるに謹む者なり。纊を紸きて息を聴くの時は、則ち夫の忠臣孝子も亦た其の閔ふべきを知る。然れども殯斂の具は、未だ求むること有らざるなり。涕を垂れて恐懼すれども、然れども生を幸ふの心未だ已まず、生を持つの事未だ輟めざるなり。卒はりて、然る後に之を作具す。故に備家と雖も必ず日を踰えて然る後に能く殯し、三日にして服を成す。然る後に遠き者に告ぐる者出で、物を備ふる者作る。故に殯は久しきも七十日を過ぎず、速やかなるも五十日を損らさず。是れ何ぞや。曰く、遠き者も至る可く、百求も得可く、百事も成る可ければなり。其の忠至れり、其の節大なり、其の文備はれり。然る後に月朝に日を卜し、月夕に宅を卜し、然る後に葬るなり。是の時に当たりてや、其の義止まらば、誰か之を行ふを得ん。其の義行はれば、誰か之を止むるを得ん。故に三月の葬は、其の貌、生を以て死者を設飾するなり。殆ど直だ死者を留めて以て生を安んずるに非ざるなり。是れ隆く思慕するの義を致すなり。
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