荀子 / 礼論篇
凡禮,始乎梲,成乎文,終乎悅校。故至備,情文俱盡;其次,情文代勝;其下復情以歸大一也。
新字:凡礼,始乎梲,成乎文,終乎悅校。故至備,情文俱尽;其次,情文代勝;其下復情以歸大一也。
書き下し
凡そ礼は、脱に始まり、文に成り、悦恔に終わる。故に至備は、情文倶に尽くす。其の次は、情文代わる代わる勝つ。其の下は、情に復して以て大一に帰するなり。
現代語訳
およそ礼というものは、飾りのない粗略な状態から始まり、整った形を得て完成し、心が満ち足りて喜ぶところで終わる。だから最も完備した礼では、内なる情と外なる形とがともに余すところなく尽くされる。その次の段階では、情と形のどちらかが交互にまさる。さらにその下の段階では、形をそぎ落として情の本源に立ち返り、大いなる一つに帰する。
解説
ここまで並べてきた個々の作法を、礼の全体像としてまとめる一段です。礼は素朴なところから始まり、整った形を得て完成し、最後は心の満足に行き着く。この始まり、完成、終わりという流れを示したうえで、荀子は礼の水準を三段に分けます。最上は情と文、つまり内なる心と外なる形の両方が余さず尽くされた状態。その次は、どちらかが交互にまさってしまう状態。その下は、形をそぎ落として心の本源だけに立ち返る状態です。心があっても形が伴わなければ伝わらず、形だけ整っても中身が空なら意味がない。両方をそろえてはじめて礼は完成する、という主張です。仕事でも、思いはあるのに伝え方が雑だったり、体裁は立派でも中身が空だったりします。心と形を同時に磨く。そこにしか本物の完成度はありません。