師導古典を学びたいすべての人に

荀子 / 礼論篇

三年之喪,哭之不反也,清廟之歌,一唱而三歎也,縣一鐘,尚拊膈,朱絃而通越也,一也。

新字:三年之喪,哭之不反也,清廟之歌,一唱而三歎也,県一鐘,尚拊膈,朱絃而通越也,一也。

書き下し

三年の喪の、哭して反らざるや、清廟の歌の、一たび唱えて三たび歎ずるや、一鐘を県け、拊膈を尚び、朱絃にして越に通ずるや、一なり。

現代語訳

三年の喪で、泣き声が長く尾を引いて折り返さないこと。祖廟でうたう清廟の歌が、一人がうたい出すと三人が声を添えて和すること。鐘をただ一つだけ懸け、素朴な打楽器を上位に置くこと。琴の弦を朱色の練り糸にし、胴の底に穴を通して響きをこもらせること。これらはみな、同じ一つの趣旨によるものである。

解説

喪の泣き声、祖廟の歌、鐘と琴の設え。四つの例が並びますが、どれも音を豊かに響かせるのではなく、あえて細く、少なく、こもらせている点で共通します。泣き声は張り上げずに長く尾を引き、歌は一人が発して数人が添えるだけ、鐘はたった一つ、琴の弦はやわらかく、音はくぐもる。荀子はこれもまた同じ一つの趣旨だと言います。あふれるほどの音は感情を消費してしまい、抑えた音は余韻となって心に残る。引き算によってかえって深いものを届ける、という考え方です。人に何かを伝えるときも同じでしょう。言葉を尽くし、資料を厚くし、声を大きくするほど、伝わる量が増えるとは限りません。あえて足りないところを残す。その余白が、聞く人の心の中で響き続けるのです。

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ