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荀子 / 礼論篇

大路之素未集也,郊之麻絻也,喪服之先散麻也,一也。

書き下し

大路の素にして未だ集らざるや、郊の麻絻や、喪服の先ず麻を散ずるや、一なり。

現代語訳

天子の大車が、まだ飾りを加えず白木のままであること。天を祭る郊の祭りで、麻の冠をかぶること。喪服で、まず麻を束ねずに垂らしておくこと。これらはみな、同じ一つの趣旨によるものである。

解説

ここでも三つの例が一なりで結ばれます。共通するのは、いずれも飾りを加える前の、そっけないほど質素な状態だという点です。最高の身分の者が乗る車が白木のまま、天を祭る最も重い祭りで身につけるのが麻の冠、喪服では麻をわざと束ねずに垂らしておく。大事な場面ほど飾りを削るという、私たちの直感とは逆の作法です。荀子はこれを、礼が本来、素朴なところから発するものだからだと理解しています。もっとも敬うべき対象に向かうときこそ、余計なものを削ぎ落として素のままで向き合う。そう考えると、この作法は一貫しています。仕事の場でも、いちばん大切な相手や場面ほど、飾った言葉や凝った資料より、率直で簡素な物言いのほうが届くことがあります。重い場面ほど飾らない。覚えておきたい原理です。

この一句を、あなたの毎日に。

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