荀子 / 礼論篇
大昏之未發齊也,太廟之未入尸也,始卒之未小斂也,一也。
新字:大昏之未発斉也,太廟之未入尸也,始卒之未小斂也,一也。
書き下し
大昏の未だ斉を発せざるや、太廟の未だ尸を入れざるや、始卒の未だ小斂せざるや、一なり。
現代語訳
盛大な婚礼で、まだ物忌みの潔斎に入る前の段階。祖先の廟の祭りで、まだ依代となる尸を迎え入れていない段階。人が息を引き取った直後で、まだ遺体に衣を着せて包む小斂を行っていない段階。これらはみな、同じ一つの趣旨によるものである。
解説
婚礼、祭祀、葬礼という性格の異なる三つの儀礼を並べ、どれも儀式がまだ動き出していない、その手前の段階を取り上げています。潔斎に入る前、依代を迎える前、遺体を包む前。いずれも何も始まっていないように見える空白の時間ですが、荀子はそこにも同じ一つの意味があると言います。事が形になる前の、しんとした静けさそのものが礼の一部だ、という見方です。派手な所作や道具ではなく、始まる直前の張りつめた時間を大切にする感覚は、私たちの日々にも通じます。会議が始まる前の数分、仕事に取りかかる前のひと呼吸、大切な話を切り出す前の沈黙。そこをおろそかにして勢いだけで走り出すと、事の運びは軽くなります。始める前をどう過ごすかが、その後のすべての質を決めるのです。
この章句が説くこと
一なり始まる前の静けさ婚礼と祭祀と葬礼準備の時間礼人情
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『弁名』心志意志は心の之く所。此れ説文の訓なり。是れ字の偏傍を以て説を為す、字学家の言のみ。仁斎先生曰く、「心の存主する所なり」と。之を得たり。医書に腎は精と志とを蔵すといふも、亦た見るべきのみ。意は念を起こすを謂ふなり。人の無かるべからざる者なり。聖人と雖も亦た爾り。子四を絶つ、意毋しの如きは、本と孔子の礼を行ふを以て之を言ふ。孔子の心は、礼と一なり。故に其の礼を行ふに当たりて、全く意を経ざるが若く然り。是れ其の動容周旋礼に中る者を形容するのみ。後儒語意の在る所を識らず、或いは私意無しと謂ひ、或いは聖人盛徳の至り、自ら往来計較の心無しと謂ふ。皆泥めり。大学の誠意の如きは、乃ち好悪を以て之を言ふ。意の誠は、格物の功効なり。朱註以来、皆文意を解せず。
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