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荀子 / 礼論篇

大昏之未發齊也,太廟之未入尸也,始卒之未小斂也,一也。

新字:大昏之未発斉也,太廟之未入尸也,始卒之未小斂也,一也。

書き下し

大昏の未だ斉を発せざるや、太廟の未だ尸を入れざるや、始卒の未だ小斂せざるや、一なり。

現代語訳

盛大な婚礼で、まだ物忌みの潔斎に入る前の段階。祖先の廟の祭りで、まだ依代となる尸を迎え入れていない段階。人が息を引き取った直後で、まだ遺体に衣を着せて包む小斂を行っていない段階。これらはみな、同じ一つの趣旨によるものである。

解説

婚礼、祭祀、葬礼という性格の異なる三つの儀礼を並べ、どれも儀式がまだ動き出していない、その手前の段階を取り上げています。潔斎に入る前、依代を迎える前、遺体を包む前。いずれも何も始まっていないように見える空白の時間ですが、荀子はそこにも同じ一つの意味があると言います。事が形になる前の、しんとした静けさそのものが礼の一部だ、という見方です。派手な所作や道具ではなく、始まる直前の張りつめた時間を大切にする感覚は、私たちの日々にも通じます。会議が始まる前の数分、仕事に取りかかる前のひと呼吸、大切な話を切り出す前の沈黙。そこをおろそかにして勢いだけで走り出すと、事の運びは軽くなります。始める前をどう過ごすかが、その後のすべての質を決めるのです。

この一句を、あなたの毎日に。

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