荀子 / 礼論篇
利爵之不醮也,成事之俎不嘗也,三臭之不食也,一也。
書き下し
利爵の醮さざるや、成事の俎の嘗めざるや、三たび臭ぎて食らわざるや、一なり。
現代語訳
祭りの終わりに供える杯の酒を飲み干さないこと、祭事を終えた供え物の肉を味わわないこと、供え物の香りを三度かぐだけで口にしないこと。これらはみな、同じ一つの趣旨によるものである。
解説
前段と同じく一なりで結ばれる一段ですが、こんどは供えられたものを口にしないという作法が三つ並びます。杯の酒を飲み干さない、供え物の肉を味わわない、香りをかぐだけで食べない。目の前にあるのに手をつけないという、これも実用から見れば不合理なふるまいです。しかし荀子の枠組みでは、この控えることこそが敬意を形にする方法になります。食べてしまえば供え物は単なる食事に変わってしまう。あえて口にしないことで、それが誰に向けられたものかがはっきり残るのです。私たちの日常でも、できるけれどあえてしないという抑制が、相手への敬意を伝える場面があります。言えるけれど言わない、取れるけれど取らない。その一歩の踏みとどまりが、関係の質を静かに支えていることは少なくありません。
この章句が説くこと
一なり控えることの意味供え物と敬意抑制のふるまい礼節制
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