荀子 / 礼論篇
大饗,尚玄尊,俎生魚,先大羹,貴食飲之本也。
書き下し
大饗には、玄尊を尚び、俎に生魚あり、大羹を先にするは、食飲の本を貴べばなり。
現代語訳
最も盛大な饗宴では、水だけを入れた酒器を最上位に据え、まな板には生の魚を載せ、味つけをしない吸い物をまっ先に供える。これは飲食の根本を貴ぶためである。
解説
盛大な宴でありながら、上座に据えられるのは水を入れただけの酒器であり、供えられるのは生の魚と味つけのない吸い物です。おいしさや豪華さから言えばまったく不合理な扱いですが、荀子はそこに食飲の本を貴ぶという意味を読み取ります。酒の前には水があり、料理の前には生の食材があり、調味の前には素の汁があった。人が飲み食いというものを始めた最初の姿を、いちばん高い場所に置いて忘れないようにするのです。ここには、豊かになるほど出発点が見えにくくなるという人間への洞察があります。私たちの仕事や暮らしでも、道具や手法が洗練されるほど、なぜこれを始めたのかという最初の一点はかすんでいきます。宴の上座に水を置くように、日々の予定の中心に原点を確かめる時間を一つ据えておく。それが荀子の言う本を貴ぶ実践です。