荀子 / 礼論篇
君子既得其養,又好其別。曷謂別?曰:貴賤有等,長幼有差,貧富輕重皆有稱者也。故天子大路越席,所以養體也;側載睪芷,所以養鼻也;前有錯衡,所以養目也;和鸞之聲,步中武象,趨中韶護,所以養耳也;龍旗九斿,所以養信也;寢兕持虎,蛟韅、絲末、彌龍,所以養威也;故大路之馬必信至,教順,然後乘之,所以養安也。孰知夫出死要節之所以養生也!孰知夫出費用之所以養財也!孰知夫恭敬辭讓之所以養安也!孰知夫禮義文理之所以養情也!
新字:君子既得其養,又好其別。曷謂別?曰:貴賤有等,長幼有差,貧富軽重皆有称者也。故天子大路越席,所以養体也;側載睪芷,所以養鼻也;前有錯衡,所以養目也;和鸞之声,歩中武象,趨中韶護,所以養耳也;竜旗九斿,所以養信也;寝兕持虎,蛟韅、糸末、弥竜,所以養威也;故大路之馬必信至,教順,然後乗之,所以養安也。孰知夫出死要節之所以養生也!孰知夫出費用之所以養財也!孰知夫恭敬辞譲之所以養安也!孰知夫礼義文理之所以養情也!
書き下し
君子は既に其の養を得て、又た其の別を好む。曷をか別と謂う。曰く、貴賎に等有り、長幼に差有り、貧富軽重皆な称える有る者なり。故に天子の大路に越席あるは、体を養う所以なり。側らに睪芷を載するは、鼻を養う所以なり。前に錯衡有るは、目を養う所以なり。和鸞の声、歩は武象に中り、趨は韶護に中るは、耳を養う所以なり。龍旗九斿は、信を養う所以なり。寝兕持虎、蛟韅・糸末・弥龍は、威を養う所以なり。故に大路の馬は必ず信至り教順にして、然る後に之に乗るは、安を養う所以なり。孰か夫の死に出で節を要むるの生を養う所以なるを知らんや。孰か夫の費用を出だすの財を養う所以なるを知らんや。孰か夫の恭敬辞譲の安を養う所以なるを知らんや。孰か夫の礼義文理の情を養う所以なるを知らんや。
現代語訳
君子は養いを得たうえで、さらに区別を好む。区別とは何か。答えて言う。貴い者と賎しい者には等級があり、年長者と年少者には差があり、貧富や軽重にもそれぞれ釣り合った扱いがある、ということである。だから天子の乗る大車に蒲の敷物が敷かれるのは、体を養うためである。かたわらに香草を積むのは、鼻を養うためである。車の前に金銀をちりばめた横木があるのは、目を養うためである。車の鈴の音が、ゆっくり歩めば武象の曲に、速く進めば韶護の曲に合うのは、耳を養うためである。九つの垂れ飾りをつけた竜の旗は、信を養うためである。犀や虎の皮を敷き、蛟の皮の腹帯、絹の飾り、竜の彫り物をつけるのは、威厳を養うためである。大車を引く馬は必ずよく馴れて従順になってから乗るが、これは安らかさを養うためである。命を投げ出して節義を守ることが、じつは生を養うことだと誰が知ろうか。財を惜しまず費やすことが、じつは財を養うことだと誰が知ろうか。うやうやしくへりくだり譲ることが、じつは安らかさを養うことだと誰が知ろうか。礼義の筋目と飾りが、じつは人の情を養うことだと誰が知ろうか。
解説
この章句が説くこと
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荀子・礼論篇故に礼なる者は養なり。芻豢稲梁、五味調香は、口を養う所以なり。椒蘭芬苾は、鼻を養う所以なり。雕琢刻鏤、黼黻文章は、目を養う所以なり。鐘鼓管磬、琴瑟竽笙は、耳を養う所以なり。疏房檖貌、越席・床笫・几筵は、体を養う所以なり。故に礼なる者は養なり。
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荀子・礼論篇故に情貌の変は、以て吉凶を別ち、貴賎親疎の節を明らかにするに足れば、期に止まる。是を外るるは、姦なり。難しと雖も、君子は之を賤しむ。故に食を量りて之を食らひ、要を量りて之を帯し、毀瘠を以て相ひ高しとするは、是れ姦人の道にして、礼義の文に非ざるなり、孝子の情に非ざるなり。将に以て為す有らんとする者なり。故に説豫・娩沢と、憂戚・萃悪とは、是れ吉凶憂愉の情の顔色に発する者なり。歌謡・謷笑と、哭泣・諦号とは、是れ吉凶憂愉の情の声音に発する者なり。芻豢・稲梁・酒醴と、餰鬻・魚肉・菽藿・酒漿とは、是れ吉凶憂愉の情の食飲に発する者なり。卑絻・黼黻・文織と、資麤・衰絰・菲繐・菅屨とは、是れ吉凶憂愉の情の衣服に発する者なり。疏房・檖貌・越席・床笫・几筵と、属茨・倚廬・席薪・枕塊とは、是れ吉凶憂愉の情の居処に発する者なり。両情なる者は、人生まれながらに固より端有り。若し夫れ之を断ち之を継ぎ、之を博くし之を浅くし、之を益し之を損し、之を類し之を尽くし、之を盛んにし之を美にして、本末終始をして順比せざる莫からしめ、以て万世の則と為すに足らしむるは、則ち是れ礼なり。順孰脩為の君子に非ざれば、之を能く知る莫きなり。
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史記 礼書先王其の乱を悪む、故に礼義を制して以て人の欲を養ひ、人の求めを給し、欲をして物に窮せず、物をして欲に屈せざらしむ、二者相待ちて長ず、是れ礼の起こる所なり。故に礼とは養なり。稲粱五味は、口を養ふ所以なり。椒蘭芬茝は、鼻を養ふ所以なり。鐘鼓管弦は、耳を養ふ所以なり。刻鏤文章は、目を養ふ所以なり。疏房床笫几席は、体を養ふ所以なり。故に礼とは養なり。君子既に其の養を得て、又其の辨を好む。所謂辨とは、貴賤等有り、長少差有り、貧富軽重皆称有るなり。故に天子の大路越席は、体を養ふ所以なり。側に臭茝を載するは、鼻を養ふ所以なり。前に錯衡有るは、目を養ふ所以なり。和鸞の声、歩は武象に中り、驟は韶濩に中るは、耳を養ふ所以なり。龍旂九斿は、信を養ふ所以なり。寝兕持虎、鮫韅弥龍は、威を養ふ所以なり。故に大路の馬は、必ず信に至り教へに順ひ、然る後に之に乗る、安きを養ふ所以なり。孰か夫の士の死に出で節を要むるの生を養ふ所以なるを知らんや。孰か夫の費用を軽んずるの財を養ふ所以なるを知らんや。孰か夫の恭敬辞譲の安きを養ふ所以なるを知らんや。孰か夫の礼義文理の情を養ふ所以なるを知らんや。人苟も生を之れ見と為さば、若き者は必ず死せん。苟も利を之れ見と為さば、若き者は必ず害せられん。怠惰を之れ安しと為さば、若き者は必ず危ふからん。情勝るを之れ安しと為さば、若き者は必ず滅びん。故に聖人は之を礼義に一にすれば、則ち両つながら之を得。之を情性に一にすれば、則ち両つながら之を失ふ。故に儒者は将に人をして両つながら之を得しめんとする者なり、墨者は将に人をして両つながら之を失はしめんとする者なり。是れ儒墨の分なり。治辨の極なり、彊固の本なり、威行の道なり、功名の総なり。王公之に由るは、天下を一にし、諸侯を臣とする所以なり。之に由らざるは、社稷を捐つる所以なり。
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荀子・富国篇人の生くるや群無きこと能わず、群して分無ければ則ち爭う、爭えば則ち亂れ、亂るれば則ち窮す。故に分無き者は、人の大害なり。分有る者は、天下の本利なり。而して人君なる者は、分を管する所以の樞要なり。故に之を美とする者は、是れ天下の本を美とするなり。之を安んずる者は、是れ天下の本を安んずるなり。之を貴ぶ者は、是れ天下の本を貴ぶなり。古者、先王分割して之を等異せり。故に或いは美しく、或いは惡しく、或いは厚く、或いは薄く、或いは佚楽し、或いは劬勞せしむ。特だ以て淫泰夸麗の聲を為すのみに非ず、將に以て仁の文を明らかにし、仁の順を通ぜんとするなり。故に之が為に雕琢・刻鏤・黼黻文章し、以て貴賤を辨ずるに足らしむるのみにして、其の觀を求めず。之が為に鐘鼓・管磬・琴瑟・竽笙し、以て吉凶を辨じ、歡を合わせ、和を定むるに足らしむるのみにして、其の餘を求めず。之が為に宮室・臺榭し、以て燥溼を避け、徳を養い、輕重を辨ずるに足らしむるのみにして、其の外を求めず。詩に曰く、其の章を雕琢し、其の相を金玉にす、亹亹たる我が王、四方を綱紀す、と。此れの謂いなり。
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荀子・正論篇曰く、老者は其の労に堪えずして休むなり、と。是れ又た事を畏るる者の議なり。天子なる者は、埶(いきおい)至って重くして形至って佚(やす)く、心至って愉しくして志は詘(くつ)する所無く、而して形は労を為さず、尊きこと上無し。衣被すれば則ち五采を服し、間色を雑え、文繡を重ね、之を飾るに珠玉を以てす。食飲すれば則ち大牢を重ねて珍怪を備え、臭味を期し、曼くして饋(すす)め、皋を伐ちて食し、雍して五祀に徹す。薦を執る者百餘人、西房に侍す。居れば則ち張容を設け、依を負いて坐し、諸侯は堂下に趨走す。戸を出づれば巫覡(ふげき)に事有り、門を出づれば宗祝に事有り。大路に乗り越席を趨(し)きて以て安きを養い、睪芷(たくし)を側載して以て鼻を養い、前に錯衡有りて以て目を養い、和鸞の声、歩は武象に中り、趨は韶護に中りて以て耳を養う。三公は軶(くびき)を奉じて納を持ち、諸侯は輪を持し輿を挟みて馬に先だち、大侯は後に編し、大夫之に次ぎ、小侯・元士之に次ぎ、庶士は介して道を夾み、庶人は隠竄して敢えて視望する莫し。居ること大神の如く、動くこと天帝の如し。老を持し衰を養うに、猶お是れより善き者有らんや。老いざる者の休むや、休むも猶お是くの如き安楽恬愉有らんや。故に曰く、諸侯に老有るも、天子に老無し、と。
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荀子・礼論篇礼なる者は、長きを断ちて短きを続ぎ、余り有るを損し、足らざるを益し、愛敬の文を達し、而して行義の美を滋し成す者なり。故に文飾と麤悪、声楽と哭泣、恬愉と憂戚とは、是れ反するなり。然れども礼は兼ねて之を用ひ、時に挙げて代はる代はる御ふ。故に文飾・声楽・恬愉は、平を持して吉に奉ずる所以なり。麤悪・哭泣・憂戚は、険を持して凶に奉ずる所以なり。故に其の文飾を立つるや、窕冶に至らず。其の麤悪を立つるや、瘠棄に至らず。其の声楽・恬愉を立つるや、流淫・惰慢に至らず。其の哭泣・哀戚を立つるや、隘懾して生を傷るに至らず。是れ礼の中流なり。
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