師導古典を学びたいすべての人に

荀子 / 礼論篇

禮起於何也?曰:人生而有欲,欲而不得,則不能無求。求而無度量分界,則不能不爭;爭則亂,亂則窮。先王惡其亂也,故制禮義以分之,以養人之欲,給人之求。使欲必不窮乎物,物必不屈於欲。兩者相持而長,是禮之所起也。

新字:礼起於何也?曰:人生而有欲,欲而不得,則不能無求。求而無度量分界,則不能不争;争則乱,乱則窮。先王悪其乱也,故制礼義以分之,以養人之欲,給人之求。使欲必不窮乎物,物必不屈於欲。両者相持而長,是礼之所起也。

書き下し

礼は何に起こるか。曰く、人は生まれながらにして欲有り、欲して得ざれば、則ち求むること無き能わず。求めて度量分界無ければ、則ち争わざる能わず。争えば則ち乱れ、乱るれば則ち窮す。先王は其の乱るるを悪むなり、故に礼義を制して以て之を分かち、以て人の欲を養い、人の求めに給す。欲をして必ずしも物に窮せざらしめ、物をして必ずしも欲に屈せざらしむ。両者相持して長ず、是れ礼の起こる所なり。

現代語訳

礼はどこから起こったのか。答えて言う。人は生まれつき欲望を持っており、欲しても手に入らなければ、求めずにはいられない。そして求めるときに一定の限度や区分がなければ、争わずにはいられない。争えば乱れ、乱れれば行き詰まる。いにしえの王はその乱れを憎んだ。そこで礼と義とを定めて人々の分をはっきり区分し、それによって人の欲望を適度に満たし、人の求めに応じた。欲望が物資の不足で行き詰まることがなく、物資のほうも欲望に食い尽くされることがないようにしたのである。この二つが互いに支え合って伸びていく、それが礼の起こったゆえんである。

解説

礼とは何のためにあるのか。荀子はまず人間の欲望から説き起こします。人は生まれつき欲を持ち、欲しいものが手に入らなければ求める。求め方に限度や区切りがなければ奪い合いになり、争いは社会を乱し、乱れた社会は資源を使い果たして行き詰まる。だからいにしえの王は、礼義という区分の仕組みをつくった、という筋道です。ここで見落とせないのは、荀子が欲望そのものを悪と決めつけていない点です。礼の役割は欲を消すことではなく養うこと、つまり欲と物資とが互いをつぶし合わないよう釣り合いを取り、両方が伸びていく状態をつくることにあります。私たちの職場や家庭でも、限られた予算や時間や人手をめぐって不満が噴き出すのは、誰かの欲が強すぎるからというより、分け方のルールが曖昧だからであることが多いものです。まず線引きを言葉にしておく。それが荀子の言う礼の第一歩です。

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ