荀子 / 正論篇
今子宋子則不然,獨詘容為己,慮一朝而改之,說必不行矣。譬之,是猶以塼涂塞江海也,以焦僥而戴太山也,蹎跌碎折,不待頃矣。二三子之善於子宋子者,殆不若止之,將恐得傷其體也。
新字:今子宋子則不然,独詘容為己,慮一朝而改之,説必不行矣。譬之,是猶以塼涂塞江海也,以焦僥而戴太山也,蹎跌砕折,不待頃矣。二三子之善於子宋子者,殆不若止之,将恐得傷其体也。
書き下し
今、子宋子は則ち然らず。独り容を詘(かが)めて己が為にし、一朝にして之を改めんことを慮るも、説は必ず行われざらん。之を譬うるに、是れ猶お塼涂(せんと)を以て江海を塞ぎ、焦僥(しょうぎょう)を以て太山を戴(いただ)かしむるがごときなり。蹎跌(てんてつ)碎折すること、頃(しばらく)をも待たざらん。二三子の子宋子に善(した)しき者は、殆ど之を止むるに若(し)かず、将に其の体を傷つくることを得んことを恐る。
現代語訳
ところが宋子はそうではない。ひとり身をかがめてへりくだる姿を自分の生き方とし、それによって一朝にして世の人の考えを改めさせようと目論んでいるが、その説は決して行われはしまい。たとえて言えば、瓦のかけらと泥で長江や大海をせき止めようとし、背の低い小人に泰山を背負わせようとするようなものだ。つまずき倒れて砕け折れるまでに、いくらの時もかかるまい。宋子と親しくしている諸君は、むしろ彼を止めたほうがよい。このままでは、その身を傷つけることになりかねないのだから。
解説
宋子への批判が、最も激しい形で示される段です。荀子は言います。宋子はひとりへりくだった姿を貫くことで、世の人々の考えを一挙に改めさせようとしているが、それは瓦のかけらと泥で大河や海をせき止めようとし、背の低い小人に泰山を背負わせようとするようなものだ、と。人の情という巨大な流れに、思想の力だけで正面から立ち向かおうとしても、砕け折れるのはあっという間だ。だから彼と親しい者はむしろ止めてやれ、身を損なうぞ、というのです。ここには単なる嘲りではなく、現実を見ない理想への切実な警告があります。私たちの仕事にも当てはまります。志が高く、本人が身を削っていても、人が実際に何で動くかを踏まえない計画は前に進みません。理想を捨てる必要はありませんが、人の性質という地形の上に道を引くことです。
この章句が説くこと
宋子批判理想と現実江海を塞ぐ無理な計画
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