荀子 / 正論篇
曰:「老衰而擅。」是又不然。血氣筋力則有衰,若夫智慮取舍則無衰。
新字:曰:「老衰而擅。」是又不然。血気筋力則有衰,若夫智慮取舎則無衰。
書き下し
曰く、老衰して擅る、と。是れ又た然らず。血気筋力は則ち衰うること有り、若し夫れ智慮取舎は則ち衰うること無し。
現代語訳
世間の者はさらに言い返す。年老いて衰えたから位を譲るのだ、と。これもまた違う。血気や筋力には衰えがある。しかし物事を考え、何を取り何を捨てるかを判断する力には、衰えというものがない。
解説
世間の側が次に持ち出す言い分は、老いです。年を取って衰えたのだから、若く力のある者に位を譲るのが自然ではないか。退位の理由として、今でもよく聞く話ですね。荀子の答えはわずか一行ですが、正論篇の中でも忘れがたい言葉になっています。荀子は老いを二つに分けます。血気や筋力といった身体の力は、たしかに年とともに衰えていく。けれども、思慮をめぐらせ、何を取り何を捨てるかを見きわめる力、つまり判断力には衰えがない、と言い切るのです。天子の仕事は走ったり戦ったりすることではなく、判断することでした。だから老いは退位の理由にならない、という反論になります。裏を返せば、思慮と取捨選択の力は日々の修養によって磨かれ続けるものであり、体力とは違う原理で育つということです。年齢を言い訳にせず、自分の判断力をどう鍛え続けるか。長く働く時代に、この一行はいっそう重く響きます。