荀子 / 正論篇
世俗之為說者曰:「湯武不善禁令。」曰:「是何也?」曰:「楚越不受制。」是不然。湯武者、至天下之善禁令者也。湯居亳,武王居鄗,皆百里之地也,天下為一,諸侯為臣,通達之屬,莫不振動從服以化順之,曷為楚越獨不受制也!
新字:世俗之為説者曰:「湯武不善禁令。」曰:「是何也?」曰:「楚越不受制。」是不然。湯武者、至天下之善禁令者也。湯居亳,武王居鄗,皆百里之地也,天下為一,諸侯為臣,通達之属,莫不振動従服以化順之,曷為楚越独不受制也!
書き下し
世俗の説を為す者曰く、湯武は禁令を善くせず、と。曰く、是れ何ぞや、と。曰く、楚越制を受けざればなり、と。是れ然らず。湯武なる者は、天下の禁令を善くするに至れる者なり。湯は亳に居り、武王は鄗に居る、皆な百里の地なり。天下一と為り、諸侯臣と為り、通達の属、振動従服して以て之に化順せざるは莫し。曷ぞ楚越独り制を受けずと為さんや。
現代語訳
世間で議論を立てる者はこう言う。湯王や武王は禁令を出すのが下手だった、と。それはなぜかと問えば、こう答える。楚や越が彼らの制度に従わなかったからだ、と。そうではない。湯王と武王は、天下で最も禁令を行き渡らせるのが上手な人であった。湯王は亳に、武王は鄗に居り、どちらも百里四方ほどの土地にすぎない。それでも天下は一つにまとまり、諸侯は臣下となり、道が通じている土地の人々は、みな心を動かされて従い、教化に順わない者はいなかった。どうして楚や越だけが制度を受けなかったなどと言えようか。
解説
四つめの俗説は、聖王とされる湯王や武王も統治は徹底していなかった、その証拠に南方の楚や越は制度に従わなかったではないか、という批判です。禁令とは、してはならないことを定めて全土に守らせる命令のことで、それが末端まで届かないなら統治能力が足りない、という理屈になります。荀子はまず事実の確認から入ります。湯王も武王も、出発点はわずか百里四方の小さな土地でした。そこから天下は一つにまとまり、諸侯は臣下となり、道の通じる土地の人々はことごとく従ったのです。ここには荀子らしい現実感覚があります。理想論として大きな徳を語るのではなく、小さく始めた者が実際にどこまで広げたかという到達距離で評価しているのです。小さな持ち場からでも、筋の通ったやり方を貫けば影響は広がっていく。まずは自分の百里四方を整えるところからだ、と励まされる一段です。
この章句が説くこと
禁令湯武百里の地統治の評価
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荀子・彊国篇荀卿子、斉の相に説きて曰く、人に勝つの埶に処り、人に勝つの道を行えば、天下忿る莫し、湯武是れなり。人に勝つの埶に処りて、人に勝つの道を以てせざれば、天下を有つの埶に厚きも、匹夫たらんことを索むるも得べからず、桀紂是れなり。然らば則ち人に勝つの埶を得る者は、其の人に勝つの道に如かざること遠し。夫れ主相なる者は、人に勝つに埶を以てするなり。是を是と為し、非を非と為し、能を能と為し、不能を不能と為し、己の私欲を併せ、必ず道を以てす。夫れ公道通義の以て相い兼容すべき者は、是れ人に勝つの道なり。今、相国は上は則ち主を専らにするを得、下は則ち国を専らにするを得たり。相国の人に勝つの埶に於けるは、亶に之れ有り。然らば則ち胡ぞ此の人に勝つの埶を敺りて、人に勝つの道に赴き、仁厚明通の君子を求めて王を託せざる。之と国政に参じ、是非を正さんか。是くの如くなれば、則ち国、孰か敢えて義を為さざらんや。君臣上下、貴賤長少、庶人に至るまで、義を為さざる莫くんば、則ち天下、孰か義に合わんことを欲せざらんや。賢士は相国の朝を願い、能士は相国の官を願い、利を好むの民も以て斉を帰と為さんことを願わざる莫し。是れ天下を一にするなり。相国、是れを舎きて為さず、案に直だ是の世俗の為す所以を為さば、則ち女主は之の宮を乱し、詐臣は之の朝を乱し、貪吏は之の官を乱し、衆庶百姓は皆な争奪貪利を以て俗と為さん。曷ぞ是くの若くにして以て国を持すべけんや。今、巨楚は吾が前に県り、大燕は吾が後を鰌み、勁魏は吾が右を鉤し、西壤の絶えざること縄の若く、楚人は乃ち襄賁・開陽有りて以て吾が左に臨む。是れ一国謀を作さば、則ち三国必ず起ちて我に乗ぜん。是くの如くなれば、則ち斉は必ず断たれて四三と為り、国は仮城の若くならんのみ。必ず天下の大笑いと為らん。曷ぞ両者、孰れか為すに足れるや。夫れ桀紂は、聖王の後の子孫なり、天下を有つ者の世なり。埶籍の存する所、天下の宗室なり。土地の大、封内千里、人の衆きこと数うるに億万を以てす。俄かにして天下は倜然として挙りて桀紂を去りて湯武に奔り、反然として挙りて桀紂を悪みて湯武を貴べり。是れ何ぞや。夫れ桀紂は何をか失いて、湯武は何をか得たるや。曰く、是れ它の故無し。桀紂なる者は善く人の悪む所を為し、湯武なる者は善く人の好む所を為せばなり。人の悪む所とは何ぞや。曰く、汙漫・争奪・貪利是れなり。人の好む所とは何ぞや。曰く、礼義・辞譲・忠信是れなり。今、人に君たる者、譬え称え比べ方るれば則ち自ら湯武に並ばんと欲するも、其の之を統ぶる所以の若きは、則ち桀紂に異なる無くして、湯武の功名有らんことを求む、可ならんや。故に凡そ勝を得る者は、必ず人と与にす。凡そ人を得る者は、必ず道と与にす。道なる者とは何ぞや。曰く、礼義・辞譲・忠信是れなり。故に四五万より往く者、彊勝は衆の力に非ざるなり、隆は信に在り。数百里より往く者、安固は大の力に非ざるなり、隆は政を脩むるに在り。今、已に数万の衆を有つ者なり、陶誕比周して以て与を争う。已に数百里の国を有つ者なり、汙漫突盗して以て地を争う。然らば則ち是れ己の安彊とする所を棄てて、己の危弱と為る所以を争うなり。己の足らざる所を損じて、以て己の余り有る所を重くするなり。是くの若き其の悖繆にして、湯武の功名有らんことを求む、可ならんや。之を辟うれば、是れ猶お伏して天を咶め、経を救わんとして其の足を引くがごとし。説は必ず行われず、務むるに愈いよにして愈いよ遠ざかる。人の臣たる者、己の行いの行われざるを恤えず、苟くも利を得んのみとせば、是れ渠衝もて穴に入りて利を求むるなり、是れ仁人の羞じて為さざる所なり。故に人は生より貴きは莫く、安きより楽しきは莫し。生を養い安楽ならしむる所以の者は、礼義より大なるは莫し。人、生を貴び安きを楽しむを知りて礼義を棄つるは、之を辟うれば、是れ猶お寿からんことを欲して頸を歾らんとするがごとし。愚として焉より大なるは莫し。故に人に君たる者は、民を愛して安く、士を好みて栄ゆ。両つの者一を亡えば焉ち亡ぶ。詩に曰く、价人は維れ藩、大師は維れ垣、と。此れを之れ謂うなり。
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