荀子 / 正論篇
刑稱罪,則治;不稱罪,則亂。故治則刑重,亂則刑輕,犯治之罪固重,犯亂之罪固輕也。《書》曰:「刑罰世輕世重。」此之謂也。
新字:刑稱罪,則治;不稱罪,則乱。故治則刑重,乱則刑輕,犯治之罪固重,犯乱之罪固輕也。《書》曰:「刑罰世輕世重。」此之謂也。
書き下し
刑罪に称えば、則ち治まる。罪に称わざれば、則ち乱る。故に治まれば則ち刑重く、乱るれば則ち刑軽し。治を犯すの罪は固より重く、乱を犯すの罪は固より軽きなり。書に曰く、刑罰は世に軽く世に重し、と。此れの謂いなり。
現代語訳
刑罰が罪に釣り合っていれば、世は治まる。釣り合っていなければ、世は乱れる。だから治まった世では刑は重く、乱れた世では刑は軽い。よく治まった世で罪を犯すのはもともと重い罪であり、乱れた世で罪を犯すのはもともと軽い罪だからである。書経に「刑罰はある世では軽く、ある世では重い」とあるのは、このことを言っているのだ。
解説
短いながら、荀子の刑罰論の要点が凝縮された段です。まず、刑罰は罪に釣り合っていなければならないと繰り返します。そのうえで、治まった世ほど刑は重く、乱れた世ほど刑は軽い、と一見逆説的なことを言います。理由は罪の重さの見方にあります。秩序が保たれ、生活が成り立ち、誰もが道理を知っている世の中でなお罪を犯すのは、言い訳のきかない重い罪です。逆に世が乱れ、生きるすべもない中での罪は、それだけ情状の余地がある。だから同じ行為でも状況によって罪の重さが変わり、書経の言う世に軽く世に重しという言葉につながる、という理屈です。ルールを考えるときは、行為だけでなく、その人が置かれた状況までを見て重さを測る。荀子の公正さは、機械的な厳罰主義とは違うところに立っています。