荀子 / 正論篇
故可以有奪人國,不可以有奪人天下;可以有竊國,不可以有竊天下也。可以奪之者可以有國,而不可以有天下;竊可以得國,而不可以得天下。是何也?曰:國、小具也,可以小人有也,可以小道得也,可以小力持也;天下者、大具也,不可以小人有也,不可以小道得也,不可以小力持也。國者、小人可以有之,然而未必不亡也;天下者,至大也,非聖人莫之能有也。
新字:故可以有奪人国,不可以有奪人天下;可以有窃国,不可以有窃天下也。可以奪之者可以有国,而不可以有天下;窃可以得国,而不可以得天下。是何也?曰:国、小具也,可以小人有也,可以小道得也,可以小力持也;天下者、大具也,不可以小人有也,不可以小道得也,不可以小力持也。国者、小人可以有之,然而未必不亡也;天下者,至大也,非聖人莫之能有也。
書き下し
故に以て人の国を奪うこと有る可きも、以て人の天下を奪うこと有る可からず。以て国を窃むこと有る可きも、以て天下を窃むこと有る可からざるなり。之を奪う可き者は以て国を有つ可きも、而も以て天下を有つ可からず。窃みて以て国を得可きも、而も以て天下を得可からず。是れ何ぞや。曰く、国は小具なり、小人を以て之を有つ可く、小道を以て之を得可く、小力を以て之を持す可し。天下なる者は大具なり、小人を以て之を有つ可からず、小道を以て之を得可からず、小力を以て之を持す可からず。国なる者は、小人も之を有つ可し、然り而して未だ必ずしも亡びずんばあらず。天下なる者は、至大なり、聖人に非ざれば之を能く有つ莫し。
現代語訳
だから、人の国を奪うことはできても、人の天下を奪うことはできない。国を盗み取ることはできても、天下を盗み取ることはできない。奪える者は国を保有できるが、天下を保有することはできない。盗んで国を手に入れることはできるが、天下を手に入れることはできない。これはなぜか。答えて言う。国は小さな道具である。小人物でも保有でき、小さな手口でも手に入れられ、小さな力でも維持できる。だが天下は大きな道具である。小人物には保有できず、小さな手口では手に入らず、小さな力では維持できない。国は小人物でも保有できるが、それでもいずれ滅びずには済まない。天下はきわめて大きく、聖人でなければ保有できないのである。
解説
この章句が説くこと
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『修証義』第三章 受戒入位諸仏の常に此中に住持たる、各各の方面に知覚を遺さず群生の長へに此中に使用する。各各の知覚に方面露れず。是時十方法界の土地草木、牆壁瓦礫、皆仏事を作すを以て、其起す所の風水の利益に預る輩、皆甚妙不可思議の仏化に冥資せられて、親き悟を顕はす。是を無為の功徳とす。是を無作の功徳とす。是れ発菩提心なり。
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論語・衛霊公篇孔子曰わく、無為にして治むる者は、その舜なるか。夫れ何をか為さん。己を恭しくして南面するのみ。
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