荀子 / 天論篇
大天而思之,孰與物畜而制之!從天而頌之,孰與制天命而用之!望時而待之,孰與應時而使之!因物而多之,孰與騁能而化之!思物而物之,孰與理物而勿失之也!願於物之所以生,孰與有物之所以成!故錯人而思天,則失萬物之情。
新字:大天而思之,孰与物畜而制之!従天而頌之,孰与制天命而用之!望時而待之,孰与応時而使之!因物而多之,孰与騁能而化之!思物而物之,孰与理物而勿失之也!願於物之所以生,孰与有物之所以成!故錯人而思天,則失万物之情。
書き下し
天を大として之を思うは、物として畜(やしな)いて之を制するに孰与(いずれ)ぞ。天に從いて之を頌(たた)うるは、天命を制して之を用うるに孰与ぞ。時を望みて之を待つは、時に應じて之を使うに孰与ぞ。物に因りて之を多くするは、能を騁(は)せて之を化するに孰与ぞ。物を思いて之を物とするは、物を理(おさ)めて之を失う勿(な)きに孰与ぞ。物の生ずる所以を願うは、物の成る所以を有(たも)つに孰与ぞ。故に人を錯(す)てて天を思えば、則ち萬物の情を失う。
現代語訳
天を偉大なものとして仰ぎ思うのと、天を物として飼いならし制御するのと、どちらがまさっているか。天に従って賛美するのと、天の運行の法則をこちらの手で制御して活用するのと、どちらがまさっているか。よい時節を待ち望むのと、時節に応じてこちらから働きかけて使いこなすのと、どちらがまさっているか。ものが自然に増えるのに任せるのと、人の能力を存分に発揮して変化させるのと、どちらがまさっているか。ものをただ思い浮かべてものとして眺めるのと、ものを治めて取りこぼさないようにするのと、どちらがまさっているか。ものが生まれてくる原理を知りたいと願うのと、ものが成り立つ条件をこちらで確保するのと、どちらがまさっているか。だから、人の努力を捨て置いて天ばかりを思っていると、万物の実情を見失うのである。
解説
天論篇の頂点であり、中国思想史でも屈指の力強い一節です。「天命を制して之を用う」——天を拝むのではなく、天の法則をこちらの手で使いこなせ。荀子は「AとB、どちらがまさるか」という反語を六つ畳みかけ、そのすべてで受け身の態度を退け、能動的な働きかけを推します。天を仰いで讃えるより制御して使う。時節を待つより時節に応じて動く。生成の原理を詮索するより成り立つ条件を確保する。天を神秘として遠ざけるのでも、天に運命をゆだねるのでもなく、天を法則として理解し、その法則の上で人の能力を最大限に発揮する——これが荀子の到達点です。そして結び。人の努力を捨てて天ばかり思っていると、かえって万物の実情を見失う。運や環境や時代を論評している時間は、それを使いこなす工夫に回せます。待つ人ではなく、使う人になれ、というメッセージです。