荀子 / 天論篇
天不為人之惡寒也輟冬,地不為人之惡遼遠也輟廣,君子不為小人之匈匈也輟行。天有常道矣,地有常數矣,君子有常體矣。君子道其常,而小人計其功。《詩》曰:「禮義之不愆,何恤人之言兮!」此之謂也。
新字:天不為人之悪寒也輟冬,地不為人之悪遼遠也輟広,君子不為小人之匈匈也輟行。天有常道矣,地有常数矣,君子有常体矣。君子道其常,而小人計其功。《詩》曰:「礼義之不愆,何恤人之言兮!」此之謂也。
書き下し
天は人の寒きを惡(にく)むが為に冬を輟(や)めず、地は人の遼遠(りょうえん)を惡むが為に廣きを輟めず、君子は小人の匈匈(きょうきょう)たるが為に行いを輟めず。天に常道有り、地に常數有り、君子に常體有り。君子は其の常を道(ふ)み、而して小人は其の功を計る。詩に曰く、「禮義の愆(あやま)たざれば、何ぞ人の言を恤(うれ)えんや」と。此れ之れの謂いなり。
現代語訳
天は人が寒さを嫌うからといって冬をやめたりはしない。地は人が遠さを嫌うからといって広さをやめたりはしない。君子は小人がやかましく騒ぎ立てるからといって、自分の行いをやめたりはしない。天には変わらぬ道があり、地には変わらぬ理法があり、君子には変わらぬ身の処し方がある。君子は自分の常道を踏んで進み、小人は目先の利得を計算する。『詩経』に「礼義を踏み外さないのであれば、どうして人の言うことを気に病もうか」とある。まさにこのことを言っているのだ。
解説
天は寒がる人のために冬をやめず、地は遠いと文句を言う人のために広さを縮めない。同じように、君子は周囲がやかましく騒ぐからといって、自分の行いを引っ込めたりはしない——痛快な三段構えの比喩です。天に常道があり、地に常数があるように、君子にも「常體」つまり一貫した身の処し方がある。これに対して小人は、そのつどの損得を計算して動きます。ここで大切なのは、荀子が言う一貫性は頑固さではないという点です。引用される『詩経』の句が条件を示しています。「礼義を踏み外していないなら」人の言葉を気に病む必要はない、と。つまり基準は世評ではなく礼義であり、そこから外れていないという自己点検があってはじめて、外野の声を聞き流す資格が生まれます。批判に一喜一憂して方針がぶれるとき、確かめるべきは「多数が何と言っているか」ではなく「筋を外していないか」です。