荀子 / 議兵篇
凡兼人者有三術:有以德兼人者,有以力兼人者,有以富兼人者。彼貴我名聲,美我德行,欲為我民,故辟門除涂,以迎吾入。因其民,襲其處,而百姓皆安。立法施令,莫不順比。是故得地而權彌重,兼人而兵俞強:是以德兼人者也。非貴我名聲也,非美我德行也,彼畏我威,劫我埶,故民雖有離心,不敢有畔慮,若是則戎甲俞眾,奉養必費。是故得地而權彌輕,兼人而兵俞弱:是以力兼人者也。非貴我名聲也,非美我德行也,用貧求富,用飢求飽,虛腹張口,來歸我食。若是,則必發夫掌窌之粟以食之,委之財貨以富之,立良有司以接之,已期三年,然後民可信也。是故得地而權彌輕,兼人而國俞貧:是以富兼人者也。故曰:以德兼人者王,以力兼人者弱,以富兼人者貧,古今一也。
新字:凡兼人者有三術:有以徳兼人者,有以力兼人者,有以富兼人者。彼貴我名声,美我徳行,欲為我民,故辟門除涂,以迎吾入。因其民,襲其処,而百姓皆安。立法施令,莫不順比。是故得地而権弥重,兼人而兵兪強:是以徳兼人者也。非貴我名声也,非美我徳行也,彼畏我威,劫我埶,故民雖有離心,不敢有畔慮,若是則戎甲兪衆,奉養必費。是故得地而権弥軽,兼人而兵兪弱:是以力兼人者也。非貴我名声也,非美我徳行也,用貧求富,用飢求飽,虚腹張口,来帰我食。若是,則必発夫掌窌之粟以食之,委之財貨以富之,立良有司以接之,已期三年,然後民可信也。是故得地而権弥軽,兼人而国兪貧:是以富兼人者也。故曰:以徳兼人者王,以力兼人者弱,以富兼人者貧,古今一也。
書き下し
凡そ人を兼ぬる者に三術有り。徳を以て人を兼ぬる者有り、力を以て人を兼ぬる者有り、富を以て人を兼ぬる者有り。彼れ我が名声を貴び、我が徳行を美とし、我が民と為らんことを欲す。故に門を辟き涂を除きて、以て吾が入るを迎う。其の民に因り、其の処に襲りて、百姓は皆な安んず。法を立て令を施すに、順比せざる莫し。是の故に地を得て権は彌いよ重く、人を兼ねて兵は俞いよ強し。是れ徳を以て人を兼ぬる者なり。我が名声を貴ぶに非ざるなり、我が徳行を美とするに非ざるなり。彼れ我が威を畏れ、我が埶に劫かさる。故に民は離心有りと雖も、敢えて畔慮有らず。是の若くんば則ち戎甲は俞いよ衆く、奉養は必ず費ゆ。是の故に地を得て権は彌いよ軽く、人を兼ねて兵は俞いよ弱し。是れ力を以て人を兼ぬる者なり。我が名声を貴ぶに非ざるなり、我が徳行を美とするに非ざるなり。貧を用て富を求め、飢を用て飽を求め、腹を虚しくし口を張りて、来たりて我が食に帰す。是の若くんば、則ち必ず夫の掌窌の粟を発して以て之を食し、之に財貨を委ねて以て之を富まし、良有司を立てて以て之に接し、已に三年を期して、然る後に民は信ずべきなり。是の故に地を得て権は彌いよ軽く、人を兼ねて国は俞いよ貧し。是れ富を以て人を兼ぬる者なり。故に曰く、徳を以て人を兼ぬる者は王たり、力を以て人を兼ぬる者は弱く、富を以て人を兼ぬる者は貧し、と。古今一なり。
現代語訳
およそ人を併合するには三つのやり方がある。徳によって併合する者、力によって併合する者、富によって併合する者である。相手が私の名声を貴び、私の徳行を立派だと思い、私の民になりたいと願う。だから門を開き道を掃き清めて、私が入るのを迎える。その民をそのまま用い、その土地をそのまま引き継いでも、民はみな安らかである。法を立て命令を施しても、従わない者はいない。だから土地を得れば権威はますます重くなり、人を併せれば軍はますます強くなる。これが徳によって人を併合する者である。私の名声を貴ぶのでもなく、私の徳行を立派と思うのでもない。相手はただ私の威を恐れ、私の権勢に脅されているだけだ。だから民に離反の心があっても、あえてそむこうとは考えない。こうなると武装兵はますます多く必要になり、その養いの費用はかさむ。だから土地を得ても権威はますます軽くなり、人を併せても軍はますます弱くなる。これが力によって人を併合する者である。私の名声を貴ぶのでもなく、私の徳行を立派と思うのでもない。貧しいから富を求め、飢えているから満腹を求め、腹をすかせ口を開けて、私の食を求めて来るだけだ。こうなると、必ず倉の穀物を出して食べさせ、財貨を与えて富ませ、良い役人を置いて世話をし、三年もかけて、ようやく民が信頼できるようになる。だから土地を得ても権威はますます軽くなり、人を併せても国はますます貧しくなる。これが富によって人を併合する者である。だから言うのだ、徳によって人を併合する者は王者となり、力によって併合する者は弱くなり、富によって併合する者は貧しくなる、と。これは古今変わらぬ道理である。
解説
この章句が説くこと
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老子・第38章上徳は徳とせず、是を以て徳有り。下徳は徳を失わざらんとす、是を以て徳無し。上徳は無為にして而も以て為すこと無し。下徳は之を為して而も以て為すこと有り。上仁は之を為して而も以て為すこと無し。上義は之を為して而も以て為すこと有り。上礼は之を為して而も之に応ずる莫ければ、則ち臂を攘げて之を扔く。故に道を失いて而る後に徳、徳を失いて而る後に仁、仁を失いて而る後に義、義を失いて而る後に礼。夫れ礼は忠信の薄きにして、乱の首なり。前識は道の華にして、愚の始めなり。是を以て大丈夫は其の厚きに処りて、其の薄きに居らず。其の実に処りて、其の華に居らず。故に彼を去りて此を取る。
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