荀子 / 議兵篇
秦人其生民郟阨,其使民也酷烈,劫之以埶,隱之以阨,忸之以慶賞,酋之以刑罰,使天下之民,所以要利於上者,非鬥無由也。阨而用之,得而後功之,功賞相長也,五甲首而隸五家,是最為眾強長久,多地以正,故四世有勝,非幸也,數也。
新字:秦人其生民郟阨,其使民也酷烈,劫之以埶,隠之以阨,忸之以慶賞,酋之以刑罰,使天下之民,所以要利於上者,非鬥無由也。阨而用之,得而後功之,功賞相長也,五甲首而隸五家,是最為衆強長久,多地以正,故四世有勝,非幸也,数也。
書き下し
秦人は其の民を生かすこと郟阨にして、其の民を使うや酷烈なり。之を劫すに埶を以てし、之を隠しむるに阨を以てし、之を忸らすに慶賞を以てし、之を酋しむるに刑罰を以てす。天下の民をして、上に利を要むる所以の者、闘に非ざれば由無からしむ。阨せしめて之を用い、得て而る後に之を功とし、功と賞と相長ず。五甲首にして五家を隷せしむ。是れ最も衆強長久たり。地を多くして以て正す。故に四世勝つこと有るは、幸に非ざるなり、数なり。
現代語訳
秦の人は、民の暮らしを窮屈に抑え、民の使い方は苛烈である。権勢で脅しつけ、困窮に押し込め、恩賞で味をしめさせ、刑罰で追い立てる。天下の民が上から利益を得ようとするには、戦うほかに道がないようにしてしまう。窮迫させておいて使い、戦果を挙げさせてからそれを功績とし、功績と褒賞とが互いに積み重なっていく。敵の甲士の首を五つ取れば五戸を支配下に与える。これが最も強大で長続きする軍である。土地を広げて国を治めた。だから秦が四代にわたって勝ち続けたのは、まぐれではなく、必然の理である。
解説
秦の軍制についての、荀子の冷静な観察です。民を窮乏させ、恩賞と刑罰で追い立て、戦うこと以外に身を立てる道をなくしてしまう。首を五つ取れば五戸を支配できるという、徹底した戦功主義。荀子はこれを三国の中で「最も強く長続きする」と認めます。そして秦が四代にわたり勝ち続けたのは「幸に非ざるなり、数なり」——偶然ではなく必然だ、と。批判すべき相手の強さを、正面から認める姿勢に注目してください。荀子は思想的に秦と対立しますが、事実として強いものを弱いとは言いません。これは議論の誠実さであり、同時に説得力の源でもあります。私たちも、競合や意見の合わない相手について語るとき、その強みを正確に認められるかどうかで、分析の質が決まります。認めた上でなお足りないものは何か——荀子はそれを次の段で示します。
この章句が説くこと
秦の鋭士戦功主義四世の勝利相手の強さを認める
関連する章句
-
荀子・議兵篇李斯、孫卿子に問いて曰く、秦は四世勝つこと有り、兵は海内に強く、威は諸侯に行わる。仁義を以て之を為すに非ざるなり、便を以て事に従うのみ、と。孫卿子曰く、汝の知る所に非ざるなり。汝の所謂る便なる者は、不便の便なり。吾が所謂る仁義なる者は、大便の便なり。彼の仁義なる者は、政を脩むる所以の者なり。政脩まれば則ち民は其の上に親しみ、其の君を楽しみて、軽んじて之が為に死す。故に曰く、凡そ軍に在りては、将率は末事なり、と。秦は四世勝つこと有るも、諰諰然として常に天下の一たび合して己を軋らんことを恐る。此れ所謂る末世の兵にして、未だ本統有らざるなり。故に湯の桀を放つや、其の之を鳴条に逐うの時に非ざるなり。武王の紂を誅するや、甲子の朝を以てして而る後に之に勝つに非ざるなり。皆な前行素より脩むればなり。所謂る仁義の兵なり。今女は之を本に求めずして、之を末に索む。此れ世の乱るる所以なり、と。
-
荀子・議兵篇故に斉の技撃は、以て魏氏の武卒に遇うべからず。魏氏の武卒は、以て秦の鋭士に遇うべからず。秦の鋭士は、以て桓文の節制に当たるべからず。桓文の節制は、以て湯武の仁義に敵すべからず。之に遇う者有らば、焦熬を以て石に投ずるが若し。是の数国を兼ぬる者は、皆な賞を干め利を蹈むの兵なり、傭徒鬻売の道なり、未だ上を貴び制に安んじ節を綦むるの理有らざるなり。諸侯に能く之を微妙にするに節を以てする者有らば、則ち作ちて之を兼殆せんのみ。故に近きを招き選を募り、埶詐を隆くし、功利を尚ぶは、是れ之を漸すなり。礼義教化は、是れ之を斉しくするなり。故に詐を以て詐に遇わば、猶お巧拙有り。詐を以て斉に遇わば、之を辟うれば猶お錐刀を以て太山を堕とすがごとし。天下の愚人に非ざれば敢えて試みる莫し。故に王者の兵は試みられず。湯武の桀紂を誅するや、拱挹指麾して、強暴の国も趨り使われざる莫し。桀紂を誅すること独夫を誅するが若し。故に泰誓に曰く、独夫紂、と。此れ之を謂うなり。故に兵大いに斉しければ則ち天下を制し、小しく斉しければ則ち鄰敵を治む。若し夫れ近きを招き選を募り、埶詐を隆くし、功利を尚ぶの兵は、則ち勝つと勝たざると常無く、代わる代わる翕まり代わる代わる張り、代わる代わる存し代わる代わる亡び、相い雌雄を為すのみ。夫れ是れを之れ盗兵と謂う。君子は由らざるなり。
-
荀子・議兵篇孝成王・臨武君曰く、善し。請う、王者の兵、何の道何の行を設けて可ならんかを問わん、と。孫卿子曰く、凡そ大王に在り、将率は末事なり。臣請う、遂に王者・諸侯の強弱存亡の効、安危の埶を道わん。君賢なる者は其の国治まり、君能わざる者は其の国乱る。礼を隆くし義を貴ぶ者は其の国治まり、礼を簡んじ義を賤しむ者は其の国乱る。治まる者は強く、乱るる者は弱し。是れ強弱の本なり。上仰ぐに足れば則ち下用うべきなり、上仰がざれば則ち下用うべからざるなり。下用うべければ則ち強く、下用うべからざれば則ち弱し。是れ強弱の常なり。礼を隆くし功を効すは上なり、禄を重んじ節を貴ぶは次なり、功を上とし節を賤しむは下なり。是れ強弱の凡なり。士を好む者は強く、士を好まざる者は弱し。民を愛する者は強く、民を愛せざる者は弱し。政令信なる者は強く、政令信ならざる者は弱し。民斉しき者は強く、民斉しからざる者は弱し。賞重き者は強く、賞軽き者は弱し。刑威あるは強く、刑侮らるる者は弱し。械用・兵革の攻完便利なる者は強く、械用・兵革の窳楛にして便利ならざる者は弱し。兵を用うるを重んずる者は強く、兵を用うるを軽んずる者は弱し。権一より出づる者は強く、権二より出づる者は弱し。是れ強弱の常なり。
-
荀子・彊国篇応侯、孫卿子に問いて曰く、秦に入りて何をか見たる、と。孫卿子曰く、其の固塞は険しく、形埶は便に、山林川谷は美しく、天材の利は多し。是れ形勝なり。境に入りて、其の風俗を観るに、其の百姓は樸に、其の声楽は流汙ならず、其の服は挑ならず、甚だ有司を畏れて順う。古の民なり。都邑官府に及びては、其の百吏は粛然として、恭倹・敦敬・忠信にして楛ならざる莫し。古の吏なり。其の国に入りて、其の士大夫を観るに、其の門を出でては、公門に入り、公門を出でては、其の家に帰り、私事有ること無し。比周せず、朋党せず、倜然として明通にして公ならざる莫し。古の士大夫なり。其の朝廷を観るに、其の朝は閒かにして、百事を聴決して留めず、恬然として治むる者無きが如し。古の朝なり。故に四世勝つこと有るは、幸に非ざるなり、数なり。是れ見る所なり。故に曰く、佚にして治まり、約にして詳らかに、煩わさずして功あるは、治の至りなり、と。秦は之に類せり。然りと雖も、則ち其の諰有り。是の数具を兼ねて尽く之を有つ。然り而して之を縣くるに王者の功名を以てすれば、則ち倜倜然として其の及ばざること遠し。是れ何ぞや。則ち其れ殆ど儒無きか。故に曰く、粹にして王たり、駮にして霸たり、一も無ければ亡ぶ、と。此れ亦た秦の短とする所なり。
-
荀子・議兵篇斉人は技撃を隆くす。其の技や、一首を得たる者は、則ち錙金を賜贖す。本賞無きなり。是れ小に事え敵毳なれば、則ち偸に用うべきも、大に事え敵堅ければ、則ち渙然として離るるのみ。飛鳥の若く然り、傾側反覆すること日無し。是れ亡国の兵なり。兵は是れより弱きは莫し。是れ其の賃市の傭を去りて之を戦わしむるに幾し。
-
荀子・議兵篇楚人は鮫革・犀兕を以て甲と為す。鞈堅きこと金石の如し。宛の鉅鉄の矛は、慘たること蜂蠆の如く、軽利僄遫にして、卒かなること飄風の如し。然り而して兵は垂沙に殆うくして、唐蔑死す。荘蹻起ちて、楚は分かれて三四と為る。是れ豈に堅甲利兵無からんや。其の之を統ぶる所以の者、其の道に非ざるが故なり。汝・潁を以て険と為し、江・漢を以て池と為し、之を限るに鄧林を以てし、之に縁るに方城を以てす。然り而して秦師至りて、鄢・郢挙がること、槁を振るうが若く然り。是れ豈に固塞隘阻無からんや。其の之を統ぶる所以の者、其の道に非ざるが故なり。紂は比干を刳き、箕子を囚え、炮烙の刑を為し、殺戮に時無し。臣下は懍然として其の命を必とする莫し。然り而して周師至りて、令は下に行われず、其の民を用うること能わず。是れ豈に令厳ならず、刑繁からざらんや。其の之を統ぶる所以の者、其の道に非ざるが故なり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る