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荀子 / 議兵篇

臨武君曰:不然。兵之所貴者埶利也,所行者變詐也。善用兵者,感忽悠闇,莫知其所從出。孫吳用之無敵於天下,豈必待附民哉!

新字:臨武君曰:不然。兵之所貴者埶利也,所行者変詐也。善用兵者,感忽悠闇,莫知其所従出。孫吳用之無敵於天下,豈必待附民哉!

書き下し

臨武君曰く、然らず。兵の貴ぶ所の者は埶利なり、行う所の者は変詐なり。善く兵を用うる者は、感忽悠闇として、其の従りて出づる所を知る莫し。孫呉之を用いて天下に無敵なり、豈に必ずしも民を附くるを待たんや、と。

現代語訳

臨武君は言った、「そうではありません。軍が重んじるのは有利な形勢であり、実際に行うのは変幻自在の欺きです。用兵の上手な者は、その動きがつかみどころなく暗くぼやけていて、どこから出てくるのか誰にも分からない。孫子や呉起はこれを用いて天下無敵でした。どうして必ずしも民を懐かせるのを待つ必要がありましょうか」と。

解説

臨武君の反論は、兵法の常識を代表しています。戦とは形勢を有利にし、相手を欺くもの。名将の動きは霧のようにつかみどころがなく、孫子や呉起はそれで天下無敵だった——確かにその通りです。ここで争点がはっきりします。臨武君にとって戦争は「敵をいかに出し抜くか」の技術ですが、荀子にとっては「自分たちがいかに一つになるか」の政治です。同じ「兵」という言葉を使いながら、見ている場所がまるで違う。仕事の議論でもよくある食い違いです。競合をどう出し抜くかという話と、自社の人と仕組みをどう整えるかという話は、どちらも必要でありながら、しばしば噛み合わずにすれ違います。荀子はこの後、欺きが通用する相手と通用しない相手がいる、という角度から切り返していきます。相手の土俵を否定するのではなく、その技が効く条件を限定していく、鮮やかな論法です。

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