荀子 / 議兵篇
孫卿子曰:不然!臣所聞古之道,凡用兵攻戰之本,在乎壹民。弓矢不調,則羿不能以中微;六馬不和,則造父不能以致遠;士民不親附,則湯武不能以必勝也。故善附民者,是乃善用兵者也。故兵要在乎善附民而已。
新字:孫卿子曰:不然!臣所聞古之道,凡用兵攻戦之本,在乎壱民。弓矢不調,則羿不能以中微;六馬不和,則造父不能以致遠;士民不親附,則湯武不能以必勝也。故善附民者,是乃善用兵者也。故兵要在乎善附民而已。
書き下し
孫卿子曰く、然らず。臣の聞く所の古の道は、凡そ用兵攻戦の本は、民を壹にするに在り。弓矢調わざれば、則ち羿も以て微に中つること能わず。六馬和せざれば、則ち造父も以て遠きを致すこと能わず。士民親附せざれば、則ち湯武も以て必ず勝つこと能わざるなり。故に善く民を附くる者は、是れ乃ち善く兵を用うる者なり。故に兵の要は民を善く附くるに在るのみ。
現代語訳
孫卿子は言った、「そうではない。私が聞いている古のやり方では、およそ用兵と攻戦の根本は、民の心を一つにまとめることにある。弓と矢の調子が合わなければ、名手の羿でさえ小さな的を射抜けない。六頭立ての馬がそろわなければ、名御者の造父でさえ遠くまで行けない。士や民が心から慕い従わなければ、殷の湯王や周の武王でさえ必ず勝つことはできない。だから、うまく民を懐かせる者こそが、うまく兵を用いる者なのだ。用兵の要点は、民をよく懐かせることに尽きる」と。
解説
荀子の答えは明快です。戦の根本は「民を壹にする」、つまり人々の心を一つに束ねることにある、と。ここで挙げられる比喩が見事です。弓の名手である羿も、弓矢の調子が狂っていれば的を射られない。名御者の造父も、六頭の馬の呼吸が合わなければ遠くへは行けない。道具や馬が「合っている」ことが先で、技はその上に乗る。同じように、君主がどれほど優れていても、兵士や民衆が心から従っていなければ勝てないのです。荀子は「善く民を附くる者、これすなわち善く兵を用うる者なり」と言い切ります。組織で言えば、優れたマネジメント手法を学ぶ前に、メンバーがこの組織とリーダーを信頼しているかどうかが問われます。人が離れた状態でいくら号令をかけても、弓の狂った弓矢を引くのと同じこと。まず束ねる、それから技を使う。順序を間違えないことです。
この章句が説くこと
壱民民を附ける羿と造父組織の一体感リーダーシップ
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